岐阜県カモシカ街道

若さとはそれは見識を知らない事で人様を傷付ける事が多かった 通り過ぎて見ると辛い事より悲しい事の方が多い様な気がしてならない
名古屋市内に入って台湾ラーメンを食べて昔の通りを通り抜けてみようかと思ったが
今回はどうもそんな気にならず愛知県は迂回して天竜川沿いを中津川に向かう


天竜川沿いの鍛冶屋の息子として生まれた。
本田宗一郎生誕の地 静岡県磐田郡光明村
浜名湖周辺は豊田佐吉 本田宗一郎 ヤマハ スズキと日本の自動車と二輪車の創業者が20~30キロ四方に集まっている。
豊田佐吉や本田宗一郎や田名角栄の生誕の地を見たが何か共通した雰囲気がある。
それはその場所は暮らすにはちょっと大変だったろうと思う場所で
特に田中角栄の生まれ育った家の場所は農家をやるにもいい場所とは言えない
苦境が頑張り根性を養って来たのだろうと周辺の山や田畑を見ると感じる。

天竜川右岸を登ってゆく左岸は国道152号線
川を境に全然違う文化圏を作るのは当たり前で現在の橋やトンネルを作る技術が発達してから国道を左岸か右岸かとどっちに作るかは大問題だったろう。
ずっとどう云う経緯で道は作られるのかを考え続ける事になる。

辺境の地 くんま道の駅 ここまで来る道産子は中々おらんべと思った。
今度こそ平谷村に行くぞと思い山の中を道を探して彷徨う

びっくり初めて生きてるニホンカモシカを見た。
青森県浪岡道の駅では剥製は見たがおいおい崖でなく元畑と思える平地でカモシカが楽して草食っていていいのかょと思った。
南海道では崖ばかりでこんな広い空き地はとうとう見る事はなかった。
カモシカさんあんたの誇りと矜持はどこに

道路がすぐ傍を通ってるので
ドンドン近づくが逃げる気配がない
「 オラオラ ニホンカモシカの俺様に手出ししたら日本国政府がゆるしせんで~ 」
と言う感じで逃げない北海道のニホンカモが付かないそこらの雑兵足軽並みのエゾシカだったら こんな傍に居たら今夜の焼肉になってしまうぞ~と思った。
岐阜県に入ってそこら中にサルは居る熊や鹿などの野生動物も沢山いるらしいが
南海道では野生動物を見掛ける事はなかった 多分捕獲され食われるだろうと思うのだが山の奥地で暮らす人達には川の魚も少ないので野生動物を捕獲する事は動物性たんぱく質を取る重要な事だと思う。
南海道で山奥の道の脇に沢山あったドラム缶はミツバチの蜜を取る為の物だと教えて呉れた。
岐阜県ではジバチを獲る事は禁止と書いてあった処が多かった。
そのあたりに同じ山奥でも生活の違いがあるような気がする

野生と向き合いながら暮らすのは危険も伴うかも知れんが言ってみれば毎日が自然公園内で遊んでいる様なものだと思う。
切ったらチ~が出る無垢の獲物を獲って酒盛りをする人達にとっては都会で元の姿がわからん物を口にする人達やコロナの危険を犯してまで虚構のスナックやキャバクラなどに出掛ける人達はおかしいと思ってるのではないかと思う。

よほど拒まれてるのか今回もなぜか信玄街道途中にあるらしい平谷村宿は発見出来ずにやっと暗くなる前に人里に出た 野宿かと思ったがほっと安心
一週間旧街道を探して走って来たが現代は橋でもトンネルでも好きな様に作れるのですべての道は都会に向かう為に作られ
何処にでも道は作る事は出来るようになったが道を作る時に民間鉄道の様に地価の安い処に線路を作り街を作り地価上昇で莫大な利益を得るやり方は取り残された旧街道は限界集落を生み大都会の一局集中を生んできたが
俺が言うのもなんだが本当にそれがいい方法とは思えなくなっていて
三大都市の一つからここに移り住んでたった一回しかない一生を思う時に若い時は人様の迷惑も返りみず目一杯やっても後半は安心と楽しくさらに還元が大切だと思う様になっている。

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