22日 長野あちこち

貴乃花 光司 45歳 たいした誰にも迷惑掛かる訳ではない業界だし勝ちさえせばいいと言う世界で生きると多少は変でも仕方ない 
まだ若いなと思ったのは「 ゼロからのスタート 」誰でもゼロからのスタートはありえない
親から貰った身体もあるし貴乃花と言う名も言ってみれば隠れ含み資産になる。
最低でも「 一からのスタート 」と気付く日が来る 
その時が負ける事も大事と気づき本物になるだろと期待して見てる。 


カーナビを無視して雪道をドンドン進む 内地の不思議さはどんな田舎でも誰かしら住んで居る北海道では考えられない 今回はそんな場所をこの目で見てみたいと奥地に奥地にと進むが早朝に誰もおらんべと言う場所で前からミニクーパーに乗った若いネエチャンやら軽に乗ったニイチャンがドンドン来る不思議で仕方ない

で着いた先がここだが!歩いてる爺様が言うのは
「 あれは本城ではない出城じゃ~ 」と他でもそう聞いたでも本城と書いてるではないか
下に真田と言う小さな村が見える 一体どうなってるのか
さらに真田の配下で優秀な者は全部連れて行ったので子孫は真田村にはいないらしい なんかよくわからん
真田記念館も見たが
誇りある地元民としては大河ドラマに譲れない何かがあり戸惑ってると感じた。
「 呉れるってもんは病気以外なんでも貰っておけ 」と真田昌幸は言ってないらしい
内地で暇そうな年寄を見つけては話を聞くのは楽しい 
あの山の向こうはロクデナシしか居ないと言うので先を聞いてるとナンチャラ氏郷に戦国時代に騙されたとか言うのは普通の話。

でまた次の目的地にカーナビを無視してドンドン奥に

中津川に抜ける振袖街道を目指し大平宿場を見にゆくが途中数軒の廃屋はあるが

倒木で断念する迂回路を探すが立て看板にここは携帯電話は繋がらず危険ですとあった。
さらに神戸市立御影工業高校が遭難したと書いてあったので長居は無用と戻る事に

この看板と運転手さんがあと何台と指で教えてくれるので待機所で待ちすれ違いがスムースにいった。
ダンプは道幅ギリギリで走る 
突然入山する一般車はガードレールは無しで落ちても誰も気付く事も無いだろう。

街に戻ってスーパーで朝ごはんに買ったのがこれ生姜の天ぷら 初めて食す美味い下は鳥から揚げ
もうすぐ大台を超える年代になって記憶に大問題が出始めてる。

20日 道の駅 あらい

岸波紋章ネーム店さんの店主に誘われるままに付いてゆくと主な家を説明してくれ雁木通りプラザに行って資料を沢山貰った。
出逢う人はその町を代表してるとつくづく思い知る 俺も気を付けようと思った。

戦前からある家で上に部屋があるそうだ、その部屋は大概は客間だそうでこの上に一晩で比重0,3程度の大量の雪が上がる事を考えると間柱の少ないこの構造では梁は相当頑丈な物なのだと思うのだが道路側の梁を見る事はどの家でも無かった。
何か大事な物は見えない処にと言う粋なのか
仕事の手を止めてしまった事に重々にお礼をいいその場を辞す。

殆んど車が通らない道を左右を伺いながら横断をしようとする子供

気が競って走行距離を書きとめなかったが内地を走ってる間にセンターラインを踏んで走る車や停止線を超えて止まる車は一台程度しか見ていない
北海道ではセンターラインを割って向かって来る車など普通にいるし停止線を超える車なども当たり前 
日本では法規に車は左側の左寄りを走れと書いてあり停止線の手前で止まれとも書いてある。
停止線で止まらないと言う事は止まる気は無いと言ってるのと同じ事で優先道路を走る車に喧嘩を売ってるのと同じで肌を晒し左寄りを走るバイクなどには一発や二発殴られても仕方ないと俺は考えてる。
今までは北海道は半年も白線を見る事がないのである程度仕方ないと思って来たが どうも北海道気質なのかと同じ雪国の新潟や長野を走って思った。
留萌浜中の二車線など夏でもパトカーも右寄り車線を走ってるのだょ。
バイクに乗っているので速度違反はしても白線を跨ぐ事と仕事で運転をしてる車の邪魔にならんように左寄りは特に気を付けているが新潟、長野、群馬では当たり前に守られてる。

内地では国道でさえ狭く車がすれ違うには気を使う道で白線を踏んでツラこいて日常走っていたらそりゃ~追い掛けらるかも
法律が良いだの悪いだの言っても何かあったら痛い思いをするのはバイク側で
16歳でバイクに乗る事は自分の命を守る習慣を付ける事になる
忙しい社会人になる前に免許を持ち公道を走らせる事は余裕を持って交通ルールを教えてゆけると思うのだが

新潟県妙高市 道の駅 あらい 寿司屋から海産物農産物と何でもアリの道の駅で一泊
太平洋側と違い車で暮らしてると思われるホームレス風は少なく年配の夫婦らしき旅行車中泊がやたら多いと思った。
俺は銭が無いので車中でお湯を沸かしカップ麺、ホームレスとほぼ同じ

20日上越高田

27日はテレビで日本の文化を見た 
「 すみません 」取りあえず謝っておけ 本音も明かさん前に進む為の検証もせん一族の我が身可愛さの保身あるのみか
最初はもしかしたらと思ったが相当の悪玉を演じる印象操作をし黒幕に貸しを作ったと見るのは勘繰り過ぎか
今後七代後まで検証が必要かも
サッチーが居なくなったらと思ったら平成後期三代悪女 総理夫人 谷岡学長 池坊議長 共通項は、、、、、なのだ。
金魚のフンに丸川珠代 肝心な事は「 関与はありませんでしたね 」と確定した誘導尋問で
後は「 関与は有りませんでしたか 」と聞くわかりやすい単細胞どっちかと言うとバカ
バカとハサミは、、、、、、
言い出したらとっと止まらん~ 


新潟港から右だの左だの機械に指図され着いた先がここ 公財 道の駅 燕三条地場産業振興センター
燕三条と言えばバフ掛けとハサミの街、飛んだ鉄粉がそこら中に飛んで道路まで赤いのかと思ったら 
融雪の為に地下水を汲み上げてる水が金気が多くて道路が赤くなるとの事
新潟はアチコチ融雪パイプがあり雪が全くなかった。

カーナビの指示通り走って来たがここはバフ掛け製品の即売がおもで実は見たかった施設は違っていた事を帰って来て違うと気付く
展示や見たかった物に少しガッカリし簡単に見て上越高田に出発 
一つとして同じ物を作らないのが芸術家 一つとして違う物を作らないのが数物職人 どっちが難しいかはハッキリ歯の字

上越高田雁木通り こんな感じが普通の町屋通りのアチコチにあり歩くには広すぎるが歩く事をお勧めすします。

写真を撮ってると丁度店主が戻って来て中も撮りなさいと言われた。

間口に税を掛けた為に幅が狭く奥行が異常にあり天井が兎に角高い古い城下町によくある作りで店主は5代目との事

ここに座って仕事をしながら行き交う子供や人達を5代に渡り見守っている。
気になると声を掛け写ってはいないが客用の座布団があり腰を掛けさせるそうだ。
東北などの雪国のながまれか、この差が北海道との差 
この後付いて来なさいと裏路地を通りさらに右に左にと曲がり何処かに

21日阿智村

「 お兄さんが封筒に入れてくれたサクラの花びらを見て日本を思い泣きました 」
「 にほんごをいつかあえるときまでこれからおぼえます 」
残留孤児が書いたガラスケースに入れられ展示された便箋に桜色の赤いインクでたどたどしい日本語で書かれた手紙を何人分も何通も読んだ。漢字は読む事が出来なかった。
博物館が大好きでアチコチを見続けた俺が展示されている資料で初めて泣いた。
最初に誰かが考えて始まった事が皆の名誉や欲を養分に育ちひとつの生き物となって一人歩きし進んでゆき
その結果が弱い者を最初に犠牲にしながら とんでもない事になってゆく
何かあった時には関東軍が必ず守るからと言った関東軍はすでに居なかった。
誰が最初に情報を掴み危険を察し最初にその場を去ったのか
その歴史の証明がここにはあった。
館内でビデオによって生きて帰った人達の肉声を聞く事が出来
小さな子まで巻き込んで集団自決した人達と生きて帰れた人達の違いはその開拓団の指導者の違いだと言う。
数々の歴史の資料をぜひ今の指導者達や多くの人に見て欲しい
そこそこの階級で満州から帰国した父親は壊れていて兄弟の中でも頭が弱く少しバカな俺に暴力を振るい続けた。
暴力は連鎖し癖になる対策は自分を知る事かも、決定打は無い少しづつ少しづつ地道に戻すしかないかも


21日 長野県下伊那郡阿智村満蒙開拓平和記念館
映画などになって著作権や肖像権があり館内は撮影禁止との事
ここを作った目的の為に、この映像情報時代ぜひ著作権や肖像権を放棄して欲しいと思った。
2016年11月 天皇、皇后両陛下がここに来ている。

20日新潟

苫東のフェリー乗り場でたった一人テレビを見ていた 危ない冬山で数人での作業をする時に訳も無く初対面の人に対して直感で
これは危ないと感じる時があり
実際に危ない目に何度もあって来た。

およそ生き物のなかでも、
か弱い人の類(たぐい)として300万年生き延びて来たのはご法度があり法があって
か弱い人類は生き延びて来ることができた。
その法は例え法を破った者にでさえ法に守られ生きる事が出来るが
どうも鼻からその法を守る気が無い人種がいる 
それは最初から狂ってる人で自分の法で介護施設などを襲った人達や
もう一方はテレビに写る時の指導者達 絵を描いた者は誰なのか分かっているのに
ツラこいて「 美しい日本を取り戻そうではありませんか皆さん! 」
などと、どこに美しさがあるのか、どの口が言うのかと旅立ち前においおい大丈夫かと思ってシマッタ
勘違いもここまで来ると危ないな
俺も危ない自覚しよう。

20日下船、新潟から下伊那郡阿智村に向けて欲張りコースに出発

19日苫小牧東港

この時期はほんと何かに付けて忙しい
 
汽車に乗る時はかあさんは言った「 上を見たらキリがない下を見て暮らしなさい 」と
その日食う米も無い今より下などある訳ないと思っていた俺にはその言葉はつい最近まで理解が出来なかった。
そこそこに永い人生でたった数百分の1の期間で起きた事がグッサリと刺さり今でも思い出したくもない
2月の湖西の現場である朝に会社が無くなった事を知る 伝手が有る者は伝手を頼り次々と去ってゆく
どこにもゆくあてが無い俺はその数日後に気付いた時には天王寺動物園公園の香具師の動作を漠然と見ていた。
それからの生活は人生の中でももっとも下で許す事が出来ないし忘れてしまうと思うのだが
実際にはその時期があったからこそ今の自分がいるのだ でも大した人生でもないがその時期の事はトゲなのだ。
最近かあさんが言った「 上を見たらキリがない下を見て暮らしなさい 」は今に感謝を忘れるなと言う事だと気付き始めた。
さ~明日は新潟だ~
そろそろ自分で恥くさい自分を許してあげようと思い始めてる。

棄権は危険

商売をやってく上で常に心掛けるのランチェスターの法則で占拠率なのだ。
まず勝てそうな小さい戦場(商圏)を想定して そこで40パーセントの占拠率を取る それは路地通りでも町内でもどこでも勝てそうなら構わない 勝てない場合は戦いの場を小さくする為に撤退などは常識
大事なのは勝つ事で勝つ為の方法を覚えて身に付ける。
勝つ為の法則を身に付けたなら今度は場所を次に広げてゆく
では勝つ為にはどうするかそれは釣りと同じで撒エサをばら撒く 撒くエサは何がいいのかその時に場が小さいほど効果は大きく効果もわかりやすい
例としてここにあるマリナーはあるメーカーのボートが多く エンジンは黒いエンジンが圧倒的に多いさらに船種にも偏りがあり馬力にも偏りがある。
ある一定の船種が増えると大概のユーザーは危険な海で冒険を犯そうとは思わない
それは他の陸上の機械でも安定を願えば願うほど同じ事が起きてゆく
一方価格を下げる効果もあるが管理する側は部品のストックや技術的なものが管理しやすくなってゆき
商売敵が倒れてくれ独占した暁には好き勝手にやって元を取ろうと思っているのだが、、、、
これはどって事ない機械だからいいが

これを国に置き換えると政治家もランチェスターの法則を気にしており常に撒エサを撒いている。
それが功をほうし占拠率40パーセントを取った時には独裁者が出て来る。
アメリカもロシアもしかり中国もしかりで独裁者は常に景気という甘いエサを独占出来るまでエサを撒き続ける。
日本は他国の独裁者に比べたらマシで平和ではないかと言うが

どこの国でも独裁者が最初に行うのは撒エサと公私混同に私の妻などと身内贔屓の恥知らず 
それはやがて周りは殿の顔色ばかり見て忖度に走る
どんなに景気が良くなろうが独裁者になりそうな者は小さな芽のうちに摘み取る必要がある。
独裁者になりそうな者の特徴は自分に都合の悪い質問や状況にはキレる。
キレやすい者は起きてる現象に対応する能力に欠け頭の回転に問題があり やがて暴力や力に過剰に頼るようになり危ない
だから与党だろうが野党だろうが過剰な占拠率や国民をダマす者はどんなに功績があろうが許してはならない
その為に選挙は棄権してはならない

震災

通常空気中を動く移動する物であれば100馬力で時速100キロ出るとすると倍の200馬力にしても200キロは出ない
せいぜい120キロか125キロ程度が目安になってゆく 最初に中々スピードが出ない物は惰性が付くとその後は割と少ない馬力で回り移動し続ける。

震災で何が大変だったかは原発が一番の問題ではないかと思うのだが 7年立ってまた稼働させようと思ってる人達に対案も無く文句言ってばかりでも仕方ないので
この科学の時代に俺は思うのだが電気を一番使う場所の東京など原発を必要と言う連中に提案があるのだが
いい案だと思うのだが
原子力潜水艦に使うような小型原発を必要な人達に格安で販売したらどうだろう 事故があったらドローンで持ち上げて無人バックホーで使用してる横に穴を掘り埋めてコンクリートで固め 汚染されたバックホーも自ら穴に落ちるように設計する。
 金もあるしそれは嫌だと言う奴は小型なのでロケットでイスカンダルのさらに向こうまで飛ばしてしまう。スターシャのもの憂い顔は多少ひっかるが無視
そうなるとすべてがガッテンがゆく自分さえ良ければ他人はドンでもいいと言う街や家がハッキリする。
これは沖縄の問題にも繋がってゆく

自分の持てる能力より大きいモノを作った事が問題なのだ原発はドンドン小型化して必要とする街に一台の時代が来るかも

もう一つの案はかなり真面目 それはすべての速度を落とす事 空気中の速度を一割落とすとそれに必要なエネルギーはおよそ4倍は節約できる。
そうすれば原発は要らなくなってゆく 過疎と高齢化が始まってる北海道に大した役に立たん新幹線などはどれほど電気を食ってるか ましてやリニアなど止めておけと年寄は思うのです。
ここに毎月一回水道の集金に来る元オネエチャンがいるが そいつが過疎田舎で暇なのでそこら中で油売ってるのでゆく先々で逢うのだ 
タダでさえ一ヶ月は早いと思ってるのに月に三回も見たら脳内時間が進んでしまうのだが
奴は好むと好まらざるに関わらずアナログな方法で独居老人の見回りも兼ねてる事になる。
スピード狂った経験者の俺が言うのもなんだが、速度上げる事は地球を小さくしているのだ。

昨日はKATUNORIの遺品整理の下準備に札幌に行って来たが不思議な感覚に陥った。
田舎に居たら大きなガラスを見る事は無いのだが都会にゆくとこれでもかと言うほど大きいガラスがそこら中にある
ガラスはどんなに透明でも向こうとこっちは全然違うし向こう側とは多少大きさも変って見てるだろう
上手くは言えないが勿体ない事に五感を使った実態を見ていないのではと
何が悲しくてわざわざ3Dとかで景色を見んならん狂っていると思ってしまった。

最近下屋にハマっているし東北のどこか忘れたが雁木通りをまた見てみたいと思っている。

人相について

人相は大事で考え方や行動が顔に表れて来る。
最近は俺の人相がなんか変わってシマッタ
若かりし頃は近所の紡績工場(こうば)の前を通るとキャ~ 目が逢ったら子供できちゃうう~と言われるほどだったのが
北海道で吹雪に立ち向かって生活してるまに眉毛は吊り上り、目が悪いのがほんとに目付きは悪くなり肌は塩シャケ状態で商人の顔ではないツラやガラが悪くなったのだ。
そして我儘になって来てる終盤に入ってなんとかせんとイカンとは思うのだが
土曜日に弔い酒を兼ねて元ギャルネエチャン達と留萌で呑んでいたらシャッチョ~と声が掛かった、呑んでる連中殆どが大なり小なり元シャッチョウなのでまさか俺ではないべと思ったが
よく見ると同じ崖下村の住民だったが留萌の街で悪相にまだ声を掛けて貰えるだけマシかと思った。
雪が溶けたら崖に咲く山桜を見ながらゴザ敷いて呑みましょう。

最近の政治家はほんと人相が悪い そのまま極道と言っても通るほど人相が悪い
それに対して役人は日本を支えてゆくと言う気概を持って仕事をしてるからなのかそんなに悪相はいなく 
やってる事や職業が人相に表れてゆく例だと思う。
殆どの争い事は常識は非常識に負ける 常識として当たり前と言う事を破り裏を掻く事で勝利する。
それは歴史が証明してる尾張の桶狭間での戦に代表されるように裏を掻く常識をひっくり返す事によって事をなす
やがてそれは悪相となって顔に表れる。
裏を掻くには充分な準備と綿密な計画が必要でそう簡単には裏は掛けない そういう奴はやがて悪相になって人様から警戒されて最後は惨めな最後になってゆくはずだが、、、、、
どうも現総理夫婦は違うらしい

常識とはそこそこになぁ~なあ~に守っていればお互いに丸く収まると言う 
その土地風土に永い事掛けて積重ねて来て出張った処は角が取れ足りない処は埋めてゆくその土地の慣習や空気なのだ。
特に雪国は一般常識は命を守る事に繋がってゆく 南が吹いたら危ない雨返しを言っているしお互い様と言う常識が吹雪での凍死を防いできた。
それは昔から交通機関の無いおよそ30キロ区間を歩いて通学したり仕事で渡った人達がいた稲田線でも凍死をした人を聞いた事が無いと老人は言う。
いま一度先人の知恵と常識を聞く耳を持ち聞くべき時なのかも知れない
長野の隠れ里を訪ねてゆく旅から戻ったら 少しは悪相が良くなってるかも 合掌


空がなぜ青いのかそんな事は知らなくとも知る必要もないがその時その時に一生懸命に生きた人の魂はガンタの柄に汗となって染み魂となっていつまでも確実に残る。
触ってみたかった。 

ちょうどTAKAMIを思い出しながら博物館でCB450クジラを見てる時にKATUNORIがいってしまった。
二人で分けて食ったパンを昨日の事のように思い出す。
なんで俺より若いのにドンドンいってしまう。
石井と三人で昔のようにそっちでバイクに乗ってれ

金がなくやっと手に入れたバイクを自分達の手に油を染みらせ直し
XS650が走りエルシノアが走るCL72があと追う。T20がオイルを撒きながら走る。
過ぎ去った人生はあまりにも早く短い このブログを書く理由がまた一つ減った。
きっと俺はもうここから動く事はないだろう逢いに来てくれますか