カルロス、ゴーンの示したもの

世界の中の日本を見た時に位置的には日本の中の増毛に近い 増毛も観光地とは言われるが小樽とは人数も違う
コイツの車にぶつけたら一生掛かっても弁償出来ないべな~と言う やたら高そうな車は来ない 
周辺市町村からそこそこの車で来て銭の掛からん海を眺める日帰り観光客で大金持ちは来ない 

日本もメガヨットやプライベートジェットなどの超大金持ちは来ないし選ばない
ゴーンも日本の城ではなく西洋の城を選んだ 日本は海外の超大金持ちに選ばれる事は少ないのだ。
タコ焼き~ワンダフル~焼き鳥バンザイ~と喜ぶ海外の人には日本は世界の庶民の観光地なのだ。
そこを勘違いしてカジノなどを誘致するなどは勘違いも甚だしい せめて北海道だけでもカジノは作らんで欲しい

労働集約型産業と言われた車業界は世界的にも大変な時を迎えてる 部品点数の多いエンジンもトランスミッションもデフも要らなくなり当然下請けは消滅する。 汎用小型エンジンなどは日本のマークは入ってるが殆どが海外で生産されている。
日本が生き残る選択肢の一つに観光業は入るだろう だがそれは世界の庶民に愛される観光地の道しか残っていない
観光は景色、食。伝統、人、などがあるが一番儲からんのが景色で景色をタダ見るだけで銭は落とさんし周辺施設は整備せんといかん 食となんだか良くわからん伝統が一番儲かるのだ 食はどの道、味は比べようがないそれを食べる食べさせる環境が大事なのでタコ焼き 焼き鳥は日本の口八丁手八丁のオヤジでなければないし 唯一わんこそばが絣着物のお姉さんになる。
 
遠い海外から来たら日本国内にはどこも距離的不利はない
これから一番大事な事は日本らしさ日本人らしさでそこを大事にせんとやがて誰も来なくなる。
逆を言えば大した金も掛けないで今のままを守り続ける事で観光業はやってゆける。

寂しいがこれから機械産業はどんどん海外の国を食い潰して移動してゆくだろう もし日本の機械産業が生き残ろう事が出来るなら地域に根差した特殊な機械が残ってゆくだろう 
網走湖にゆくとこんな凄い機械が地元で生産されているのかと驚き、それは世界を相手に出来るだろうとさえ思わせる。
その土地にだけの機械はそこら中に在るだろう北海道では見る事はない筑水キャニコムやミカン農家の機械など日本はこの狭いからこその 崖があったと思えば海もあるし平野もありその土地だけの機械が沢山ある それを早食いせずに守ってゆく事で機械産業も縮小しながらも生きてゆけると思うのだが

司直の手を借りてまで車に執着しても時代は大きく変わってゆく なぜ社内で切腹覚悟で話合いが出来ず現在まで放置されたのか言い方は悪いが泳がせたのか不思議で仕方ない 
これから功罪の中で罪の部分だけが官民あげてリークされてゆくだろう なぜこうなったのかを探らなければ日本は世界では生きてゆけない事をゴーンは示した。

ネットだのニュースだのに惑わされずに自分の今を見直し大事にする事で食ってゆく道はひらかれる。
へ~イラッシャ~~オ~安ウ~シトキマッセ~

愛マイミ~ 愛マイミ~

早い話しは  親戚も誰も助けようとしなかった傾いた旧家に将来の可能性を見出し巨額の投資をするに付けて監視役の嫁も向かい入れたのだ。
生れも育ちも転々として苦労した分やり手だった嫁を向かい入れて家運は盛り返した。
嫁の実家は見る目があったと言う事なのだ。
別に愛があった訳ではない結婚だったので投資を回収するのは当たり前でそこに助けて貰った事など忘れ 
『 幾ら助けて貰ったからって稼ぎを嫁の実家に送金するなどおかしいべゃ~ 』
と親戚一同あったらコッタラ言い出した。
しかし異人でも助けて貰えなかったら親戚一同に見捨てられた旧家は今頃人手に渡り更地にされてるのだ。
ご~ん嫁はコストカッターだのなんだの言われてもガムシャラに稼いで一生懸命やったが
嫁ぎ先が楽になったら親戚一同の雰囲気がおかしい事に気付き始める。
レバノン人の両親を持ちブラジルで生まれレバノンに行きフランスで学び稼ぎ レバノンとブラジルとフランスの多重国籍を持ってるが人生三分の一に近い年月を家族と共に住んだ日本国籍は持っていない
日本に来た当初は少しは愛は有ったのかも知れないがそれを大きく育てる事が出来なかったのは嫁ぎ先の責任でもある。
安住の地を求めて世界を歩いたからこそ本当の無償の愛を人以上に欲していたのでは
 ご~ん~はこう言っている。
「人は多様性から学び、そして共通性に安らぎを感じる。」と
フランスやイギリスなど上流階級と庶民階級がハッキリ分かれる国ではレバノン人はどこか疎外感があったのではないか
義理と人情の国日本 おもてなしの国日本、階級の無い国日本 期待値の大きい国だったが結構セコイ親戚一同 それが銭に走る動機だったような気がしてならない

嫁を追い出す離婚の仕方にも色々あるが少々乱暴だと思うのだが
実力があるのだからニッサンのある神奈川 北条の城か古寺の一つでもやって日本の愛を見せてヨイショしておけば違ったのかも知れない
倒産寸前でもコストカットすれば恨まれるのは当たり前だが愛があればなんとか耐えられるのに親戚にロクた事言われんようになったら後は銭しかないべ~

愛はあいまいで適当がいいのだょ~お互いが育てるのだょ~
愛マイミ~はクラウンな呑み方をするYの酔ったら出る口癖 愛マイミ~ 愛マイミ~
もう充分頑張ったドーランは落としていいのだょ 愛マイミ~ 愛マイミ~

友子制度

20年前にカルロス、ゴーンがいなければニッサン舟艇部門はもっと早く終わりを迎えていたかも知れない
そう言う意味では良かったのだが
今回は色々考えさせられた それまで他のメーカーを売っていたのだが取引条件の厳しさで毎年の赤字続きで苦しんだ。
これだけ海のそばに居るのだからいつか目が出るだろうと寝る間も惜しんで副業や他の事で稼いだ金は支払に回し食ってゆくのもやっとだった。

世界三大メーカーと対等に取引する事などは地方の零細事業主では資金力から地域性からして無理があったのだ。
仕入れをニッサンに替えた その時に来たメガネを掛けた担当者によって助けられ業績V字回復を成し遂げて過去の借金も清算出来た。
俺にはその時その時で偉大な師匠がいたがどの師匠も言う事はほぼ同じだった。
ひとつにはメーカーそものでなく自分の処に来る担当者を見れと言う事だった。
小売り店はメーカーからしたら金を払う客側になるのだが 中々そうはならない売らしてやるのだと言う扱いなど普通にあり 昔のような親と子の関係はなく
メーカーや上司の意志が末端担当者にも表れてゆく

ボートなど高額商品を売ってると金のある奴ばかりと付き逢う事になるが
意外と変な奴や嫌な奴はいない逆を言えば そんな奴は大きな金を儲ける事など出来ないと言う事なのかも知れない
一隻一隻売って来たが あ~この人には買って貰いたいと思う人が多くボートも辞めてしまっても付き逢いが続く事が多い
逆にコイツには買って貰いたくないと思う事もあるがどうしても資金繰りで売ってしまった場合は自分が心の底に在るからなのか その後は上手く行かない事や長い付合いで損する事がある。 
何フィートなどと物の大きさではない その人そのものに売る事が出来た時には商売人冥利に付その気持ちはたとえ物が無くなっても変らん

商売は人そものを見るに尽きると大恩ある師匠達に教わったが 
自分は恩に報えるほど少しでも成長出来たのだろうかいつも後ろを振り返る。


最近はどのこ博物館も写真は撮っても構わないと言う処が多い
釧路炭鉱 末端も末端 地の底でお互いを切磋琢磨しただろう親と子の友子制度 この事は高橋揆一郎の本に書いてあるそうなので高橋揆一郎の本を集めてるが読んだらどうするべ~また本が溜まってしまうのだ。

しりと町

殆どの紛争の端緒は損か得かが根にあり経済が密接に絡み合う。
そもそも日本人は自分が我慢すれば丸く収まると言う事が多い 争いを好まない民族なのだ。
欧米人に比べて自分の主張をする事があまりなく仕事にしても成し遂げる事に生甲斐を見出し報酬は二の次になっている。
カルロス、ゴーンが生まれも育ちもフランス上流階級の出でない事が多少影響があったのかなとも思うし生粋のフランス人でない事が国民感情を巻込んだ大きな争にならない気がする。
俺などは歩いた後にペンペン草も残らんほど何をやってもやり過ぎる傾向にあって今ですら時々反省しなければと思う時がある。


筋金入りの貧乏人だったが今は充分食っていける欲を掻くなと言い聞かせる
地べたを這うような生活を思い出させる路地が好きだ 早朝ドンドン中に入ってゆく

ゆき止りで太平洋炭鉱の石炭置場か
粉炭にも見えるがこの界隈は粉塵で風の吹く日は洗濯物も表に出せずに鼻の穴は真っ黒になるし生活も大変だったろうと思う。
こういう条件の悪い処には地べたを這うような生活の人達が住み それは一種の連帯を生んで独特の地域性を持ってゆき
余所者は近寄りがたい雰囲気を醸し出してゆく

ゆき止りの処でお姉さんが線路でコンブを干していた 
「 いいコンブだね 」と声を掛ける 言葉が少し不自由そうだった この向うは砂浜だが少し沖は岩盤なのか海が黒い その浜から流れコンブを拾って来るのだろうか 線路に干すなど本業ではない事はすぐ想像出来る。
俺自身は清廉潔白ではまったくないしその時その時で筋も曲げる。 
この粉炭の舞う地区に住みコンブを拾うこの言葉も少し不自由そうでコンブを拾う事がダメなのだと言う事が理解出来てなさそうなお姉さんを見て 
今回は前回拾ったコンブを返す旅でもあったが返すのはや~めた~っと変更
人間食って生きてゆく事が一番に来る事は身を持って経験している。
どんなに頑張っても自分のどこか不自由な為にそれを出来ない人達もいる 
折角働いても稼ぎを雇い主にまでダマされ続ける人もいる 
そういう人を健常者は稼ぎの中から税金として払い生活保護などで守ってやらなければならない
中には不正に受け取る者もいるだろうがそちらにばかり目が行ってしまうと
実際に困ってる人を見逃してしまう事になってゆく
生粋かどうかわからんが海外は一度も行った事がなく日本で生まれ育った俺は成し遂げる事に、縄張りを広げる事に、生甲斐を見出して生きて来たので銭などは点数程度と思うように自分に言い聞かせてる。
そこが頭も稼ぎも天文学的に違うがカルロス、ゴーンとは違う。
粉炭舞うここは知る人は知る シリト町


釧路博物館
左下端にちょっと違うのではと気になる説明があった。

ガキの頃学校にゆくのが嫌になって小学校を途中で辞めた 
その時に一緒に行った神居岩村のみんなも誘って学校ゆくの辞めるべと言ったが
みなは吹雪の日もクソ熱い日も一時間以上歩いても学校にいきたかったのではないかと釧路博物館で思った。 

借り

20年ほど前に寝耳に水のニッサン危機 
当時の俺の稼ぎの中心だったニッサンは経営危機をカルロス、ゴーンによって立て直す事が出来た。
しがらみをバッタバッタと切る事は内部の人間では出来なかったろうしカルロス、ゴーンの才覚による処は大きかっただろう。
当時日本の誰もが助けなかったニッサンはカルロス、ゴーンに報酬は払ったが助けられ借りが出来たのである。
海外との合弁事業の失敗は数々あるが大きい処ではサハリン2などは途中で国が入って来ていい風にされたとの見方が出来る。
当時やはりロシアとの合弁は危ないとの見方も広がった。

ニッサンがフランスでルノーが日本と国を置き換えて見た場合は功労者で借りが出来た相手を自分達は司法取引で安全な処にいて 司直の手によって処分したと見えなくもない
功績に応じて名誉の引退をさせる事 誰か引導を渡す人物はいなかったのかとも思うが

一般大衆をお客として相手にする企業が功労者に対して司直の手を借りたと受け取られない事はとても危険な事でもある。
ニッサン舟艇には25年以上前から散々世話になり今の自分を作って呉れた舟艇部門は無くなったが身近な問題だけに神経にさわる。

その最たるものは テレビで恵みナンチャラが芸人や落選したヤメ検などを集めてカルロス、ゴーンを皆でバカ笑いしてる  ムッタシ来てチャンネルを切り替えると今度は坂上忍も同じく芸人を集めてカルロス、ゴーンを皆でバカ笑いしてる。
総体売上に対してたったの50億 誰でも人生の中で功罪は出来ると思う。
皆が汗水流して働いてるのにどう処理したのかどっかの創業家の御曹司はカジノで100億もスッテンテン 
224億円もの絵画を寄贈ではなく棺桶に入れようとした者など儲けると勘違いする者は日本でもなんぼでもいる。
 
当時日本の誰もが助けなかった日本の企業を立て直し 数万人の日本の雇用を支えたカルロス、ゴーンを笑い者にする 恵と坂上忍は俺でさえコイツらは人間ではないなと思った
コイツらを日本在住のフランス人が見た時に この状態を許すテレビ局や日本人に対してどう思うか容易に想像出来る。

もし日本にも武士道なるものがあるならフランスにも騎士道というものがある。
名誉の切腹の道はなかったのか
日本人の義理と人情はどこに行ったのだ。
義理は借り 人情は情(なさけ)
貸した側はその場で忘れてしまうのが一番だが 借りた側は終生忘れる事は許されない

あっと驚く為五郎

少しの間ニッサンの末端の枝葉をやって少し儲けさせて貰ったがボート生産終了になって最後は枯れ葉となり落ち葉となって散ったが
ゴーン逮捕にびっくりだった。
果たして重箱の隅を壊れても突く日本の国税を相手に稼ぎの半分も隠す事など本当に出来たのだろうか
昔は技術のニッサン 販売のトヨタと言われ そのいい例がサニートラックとパブリカトラックだった
ハッキリとしたコンセプトの違いは乗ればすぐわかるほどだったが
ルノーと言えば日野がノックダウンした日野ルノーがあるが 特徴的な作りは当時の日本車に様々な影響を与えた。
日野ルノーで安と蟹江の橋の上から流れるドブ川を眺めた事を思い出した。

ニッサン危機を知った当時は日本車がフランスの大衆車ルノーの傘下に入るなど日本や日産コンツェルンはなにやってるのだと思いがあったが
これはフランスがドッタラでなく純粋に技術と言う面に置いてそう思ったのだ。

ルノー傘下になってからのニッサンはこちらの日々の稼ぎに直結する問題だったのでフランスの国民性などを気にして見て来たが
フランスは自国の事になったらシャンソンばかり歌ってる訳ではない傭兵から枯れ葉までなんでもありの感じがせんでもないし
海に囲まれた日本と違いヨーロッパー諸国は隣国と地続きの国 喧嘩慣れの底力は生半可ではないと思うのだが
今回は何かに付けて強気一辺倒の政権による国策でない事を祈るばかり
不用意に揚げた拳も下げたら小指が一本足りないなどと言う事ないように 

釧路港

どうやったらいいかを見る為に海難事故の例を幾つも見て参考にしている 見てる間に気が滅入るのでシーズン中は見ない
やり方は同じで風上に回りロープを風と潮を見て流す 下に付くと自船がやられる付かず離れずの間合いを取る操船は相手が動かない着岸などと違いかなり難しい
マルシップの船員はインドネシア、パプアニューギニア、フィリピン、ベトナム、中国と外国人が多い 
いま新鮮だのドッタラだの言っても楽な仕事ばかりを選ぶ日本人は外国人がいなければ日本食は成立たない処までいってる。

身体を張った現場は最後になったら誰それも国も関係ない目の前の事に専念するのみなのだ 
助けられた船員の足の細い事
銭の多い少ないではない誰かの為に身体を張って少しづつ男が出来てゆくような気がしてならない 

白糠道の駅で車中泊をした ここはコンビニが横にありトラックなど車中泊するにはとても便利だ。
ぞくぞくトラックが集まり車中泊している。
肩幅ギリギリの車内ベットで服着たまま寝て荷物を下ろしたと思ったらまた帰り荷で今度はどこまで走るかもわからん
それが一週間も続く事もある トレーラーでない庸車トラックは何日もそんな生活をしてる事が多い 
それがトラック乗りの生活なのだ 今はシャーシー移動で少しは楽になったがそれでも走行距離はそんなに変わらん

道あけてやれと思うのだが


朝日に向かって一路また釧路港を目指す。


釧路港到着 何か懐かしい魚を拾いにいった当時の留萌港を思い出させる。

13日火曜日から携帯で呼び戻されるまでの三日間の釧路旅でもっとも印象に残った。
南浜付近早朝をいま時珍しい背筋を伸ばし大手を振って歩く漢の後ろ姿に感動して こっそり付いて行って後ろから盗った。
地べたをしっかり踏み蹴りあげる洋式の歩き方で陸にいる事を確認するかのようなその後ろ姿にきっと世界の海を股に魚を追掛け凄い人生を背負って生きて来たのだろうと思う。

浜大樹特攻トーチカ群

ひと月間毎日同じ事をし続けやっと終わった。
人間の医者も病気にならない為の医療と怪我してシマッタのを直す医療と分かれると思うが
機械物でも故障を未然に防ぐ点検整備ほど退屈なものはないが こちらの方が根気も真面目さもいる。
俺はどうもこの点検整備が苦手で苦痛なのだが責任もあるし食っていかんないのでやっとこさやっている。
それが今季やっと終わった。
ご褒美に休暇を取ってまた釧路に今回は不思議な沼や川を沢山見て来ようと呼び戻されるまで行って来た。
本当は携帯など大樹のロケットに積んでやりたいのだが


浜大樹で玉砂利に埋まってしまってやっと脱出した 知る限りではこんな場所で一番力を発揮するのはジムニーでその性能には追い付く車は国産車では無いと思う。最初に腹がつかえるのはフレームでトランスファーを守るからして全然違うのだ
早くジムニーのキャブバンが出てくれないかと思ってるのだが


延々と続くトーチカ群


一辺がおよそ6~7メーターほどあった。


ほふく前進で進み中に入って見る 広そうに見えるが前に見える銃眼の縦が20センチ程度、幅がおよそ50~60センチ程度なので広さは畳み二枚程度しかない
ここに機関銃と弾箱と兵士二人と食糧を持って守るのだろうが 前に見えるのは戦艦なのだ一発当たれば破壊はしなくとも熱とガスで一発アウトだし 
一か所しかない銃眼は左右30度くらいしかない ハイ手榴弾ですと投げ込まれたらハイさいならと身体はバラバラ
中の兵士の退却などは一切考えていない陣地で特攻と同じ思想の作りだと思う。
不遜だが零細事業主を思い出してしまった 税務署から呼び出され引く事も許されない
ケツまくるしかないのだが評価額以下でも売れない下手な財産があるとケツまくるにも資金がいる。
すまん不遜だった。

狙った弾が飛ぶ先にも親も子もいるただの人間でしかない 
守るこちらも親も子もいるただの人間でしかない
それが一番わかっていないのが政治家と大本営だったのだろう。
戦争は政治の最大の失敗で政治家が強い者か弱い者かどっちを向くかで決まる。
戦争と経済は密接に絡み儲ける奴がいて後ろで糸引く奴が必ずいるのだ。
まず最初に逢った事も無いそこらの奴を憎むように仕向けられる 
それからそいつの国全体を一括りして憎む様に仕向けられる。
次は殺やらなきゃ殺やられると自国を守るのだと教えられる。
見た事もない相手をドッタラコッタラと憎むのは組み込まれ始めてる証拠だと思うのだが
俺が言うのもなんだが ま~ま~落ち着け~一息吸え~

十勝の空はやけに青い

煽ってないべゃ~ベア~は熊 

「 何であんたがあおってくるからでしょ! 」 (しょ)を小さく区切るのが北海道弁
「 おかしいしょ! 」
「 何がおかしいんだよ。煽ってないべゃ~ この野郎~ 」 (べゃ~)と状況に応じて伸ばすのが北海道弁 語尾が上がると危ない

見事な緊迫感で北海道弁を全国に披露して呉れた 止めされた方にも止めさせた方にも道民え~え~ょ~賞をあげたらいいべゃ~。
道路上で止めさせるのは危険でもってのほかだが
「 おかしいしょ! 」側にもまったく因果がないとはとても思えないのだが

かなり昔に冬期間は魚を木箱に入れて4トン車で運んだ経験からトラックはすべて一般ユーザーの都合だけで動いている。
冬の網走から石北峠を超えて留萌間を6時間で計算されそれを元にその時一番高く売れる各地のセリに合せて走る。
魚を船から受取るのは天候と漁模様次第で決まった時間など無いが各地のセリの時間は朝6~7時頃と大体決まっている。網走から留萌間は5キロ早く走ると途中で約20分の仮眠が取れる。
何がなんでも走る それでなければ朝どれ鮮魚は一気に価格が下がってしまう。
今は携帯があるが当時は途中何度も掛ける公衆電話でその行き先変更など指示される。
セリに間に合う様に早く着きたいが眠たい10分以上寝るとそのまま寝落ちしてしまうので
10分ほどの仮眠もしたいと思って走っている。
俺なんか山の中の住民は鮮魚など食わんで塩サバでも食ってれと何時も思っていた。

大好物のサバ 安くて美味い

先日日没後 落合からトラック車が追い越し禁止区間で追越し出来ずにつながっていた。 
俺は小さい事を利用してドンドン先にいった その渋滞の先に居たのは荷物を運ぶ赤い軽キャブバンが山部まで60キロ制限の一車線の国道を50キロきっかりで走っていた。
後には「 私は安全運転をしています 」と書いてあった。
俺なんか育ちが悪いので『 うるせ~横に除けれ 』とクラックションを鳴らしたべ~ゃ~。
それでも除けない
お前~ょ~追越し禁止標識を勘違いしてないかと怒鳴ってやりたかった。
追越し禁止標識がある処は補助標識が無い場合は正確には
「 追越しの為の右側部分はみ出し通行禁止 」なので右側部分、黄色の標示車線をハミ出さなければ追越しても良く
他にも右折や停止中の車がある場合は右側部分にハミ出していいのだ。
標識の下に補助標識で「追越し禁止」とある場合はハミ出さなくとも追越してはいけないが補助標識は道内の道路はほとんど無く見た記憶がない
遅い車はバス停など横に避ける場所がある場合は除ける事によって後続車は違反せずに追越しがスムーズに出来るのだ。
道路法規は弱い者を守る為と交通の円滑 すなわちサッサと走る事を目的に出来ている為に広道優先などがある
道路は左側部分を遅い車から順に左寄りを走れて書いてあるべ~。
浜中の二車線をパトカーまで左側の右寄りを走るのは間違えてるべ~

これはハミダシ禁止標識 速度標識の下に棒が引いてあったらそれ以下の速度で走ってはいけない 左は歩道自転車通行可標識 下にあるのは補助標識

しかし何処にいっても小包配達の赤い軽自動車が50キロ以上で走ってるのを見た記憶がない
リンゴ道路か田んぼのあぜ道でも走ってるのなら構わんが追越し禁止のある道はサッサと除ければいいべゃ~
同じ荷物を運ぶ者の罪人を作らん為だと思うのだが そう思わんか局長

青森か釧路か

メシを食うのも体力がいると言う事がわかる年代になった。
メシを食ったら兎に角眠たいのだ 仕事して炊事洗濯風呂掃除と家事を一人でこなし洗濯中に寝てしまったり風呂で寝たりと睡魔に負けて寝てしまうのが早すぎて深夜に起きてしまうのだ。
俺の場合は逃げられたが嫁の務めは亭主より長生きをするのが嫁の務めだと心底思う。
聞く処によると嫁が居なくなると男は3年位しか持たないらしいが 実際に近場で目に付くのは平均して男が残った場合は一年以内が多い
逆に嫁は平均して10年以上生きてさらに若くなるらしい
最初は『 アン~タ~ 』などと言っても一年もするとキラキラった軽自動車を買ってあっちこっち出掛けて活き活きし始めるのだ。
ま~男にとっては本望だと思うが
また一方では嫁に逃げられた男の場合は結構これで人生を楽しんでいる連中が多い
好き勝手にやって逃げられた場合は最初はウダウダ落ち込んでも一年もするとオリャ~これで好き放題
遊びまくる事が出来ると開眼するからなのかボートを買って釣り三昧などは普通にいる。
だがそれも70代になるといきなりガックシ来るので
やはり生き物はなんだかんだ言ってもツガイが一般的な生息パターンなのだろう思うに至った。

月初めに一週間休む計画もどこかに行ってシマッタが
今週こそ最低4日連休をして釧路にコンブを返しに行きたいと思ってる時に意外な訪問者が来た。
それも青森でビックリ仰天の転職を果たし 青森の田舎の話にドンドン引きづり込まれて青森にもまた行って見たくなった。
函館まで8時間そこから2時間で大間に着く佐井など周辺を散策して4日間か釧路コンブ返却街道か悩んでいる。


5年前のノスタルジック航路船内 バイクはスズキK50 銭が無かったのでテントを積んで野宿しながら青森旅

青森に行く時はユーチューブで中国人モンちゃんがいくを見ると参考になるのでいっかた見てる。
繰り返しいっかた見て思ったのは 中国人モンちゃんはこの子の人間性は凄い
編集もあるのかも知れんが最初と最後では一緒に出てる日本人の所作が変ってゆくのがわかるほど変ってしまう場面がある。
さ~もう一回寝ると朝が来る。