今秋はちょっと違う渡り鳥が来ないのだ、
いつもなら雪が見え始める前に夜空をクワクワと集団で鳴きながら海を飛んで来るのだが
来ない
V字編隊飛行をしながら飛んで来る渡り鳥は先頭が交互に入れ替わるらしいが それでも中には疲労で墜落して行ったり到着地で疲労でオッチヌ鳥もいるらしい
先頭をゆく鳥を思う時に人間社会とは少々違うなと思ったりする。
冬になると空気が澄んで遠くまで灯りが見える標高1000メーター超える冬山では夜はあっちは札幌こっちは旭川の灯りとハッキリ見える。
六分儀を持たない渡り鳥はもしかして灯りを目指してるのだろうか
それか太陽の沈んだ位置を記憶してるのだろうか
なぜに同じ場所がわかるのだろうか不思議でしょうがない
飢えから家族や一族を守る為にグレートジャーニーを目指した人類も鳥と同じ感覚を持っていたのではないかと
そう思う時に科学の進歩と便利さと引換えに人は退化していった事になる。
兵庫県は全国的に珍しい県で一つの県で北と南に海を抱えている。
全国を旅して思うのは東日本と西日本では空気が明らかに違いさらに
日本海側と太平洋側では経済力も歴史も違い当然思いも意識も違うだろう地を抱えてる
その珍しい県で起きたV字飛行編隊長選び選挙結果で他県民や道民にはわからない事があるのかも知れない
鳥になった事はないのでわからないが鳥との違いは人は期待される事で成長もする。
恒例の秋旅行に行こうと思っていたが天候予測がつかめずに仕事を切り上げれずにとうとう断念したが
渡り鳥が来ない事と俺が長旅に行けなかった事と何か関連があるのではと思う時に
生き抜く野生が俺にも少しでも残っていると喜ぶべきではと思うのだが