21日阿智村

「 お兄さんが封筒に入れてくれたサクラの花びらを見て日本を思い泣きました 」
「 にほんごをいつかあえるときまでこれからおぼえます 」
残留孤児が書いたガラスケースに入れられ展示された便箋に桜色の赤いインクでたどたどしい日本語で書かれた手紙を何人分も何通も読んだ。漢字は読む事が出来なかった。
博物館が大好きでアチコチを見続けた俺が展示されている資料で初めて泣いた。
最初に誰かが考えて始まった事が皆の名誉や欲を養分に育ちひとつの生き物となって一人歩きし進んでゆき
その結果が弱い者を最初に犠牲にしながら とんでもない事になってゆく
何かあった時には関東軍が必ず守るからと言った関東軍はすでに居なかった。
誰が最初に情報を掴み危険を察し最初にその場を去ったのか
その歴史の証明がここにはあった。
館内でビデオによって生きて帰った人達の肉声を聞く事が出来
小さな子まで巻き込んで集団自決した人達と生きて帰れた人達の違いはその開拓団の指導者の違いだと言う。
数々の歴史の資料をぜひ今の指導者達や多くの人に見て欲しい
そこそこの階級で満州から帰国した父親は壊れていて兄弟の中でも頭が弱く少しバカな俺に暴力を振るい続けた。
暴力は連鎖し癖になる対策は自分を知る事かも、決定打は無い少しづつ少しづつ地道に戻すしかないかも


21日 長野県下伊那郡阿智村満蒙開拓平和記念館
映画などになって著作権や肖像権があり館内は撮影禁止との事
ここを作った目的の為に、この映像情報時代ぜひ著作権や肖像権を放棄して欲しいと思った。
2016年11月 天皇、皇后両陛下がここに来ている。

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