232

稼ぎを大幅に減らしたのに何かと忙しい 今週前半は札幌と後半は稚内往復400キロ日帰り
ここから稚内にゆく道は232と遠回りになるが275を通る道がある。
232と275の大きな違いは廃屋の数でおそらく232は全道で一番だろう。

百姓や漁師廃業後も家は放置され片付ける資金さえないほど困窮している事を表している。
もう一つは夜逃げなのだ 
どうか逃げた先では人生を取り返して欲しいと思うのだが知ってる限りでは多くはいいメは出ない

ここもそうだが坪3000円の土地に家屋解体費用が百数十万円掛かるそれでも更地にして利用価値があればいいが無い!
もし232に津波が襲って来たら二度と復興などありえないのだ。232号線は津波が来なくてもこのままでは復興などありえないのだ。
誰の為の復興か復興大臣は謝り方に問題がある。
『 正直者なので本心を言ってしまいごめんなさい 』と謝るべきだったのだ。
どうせ首だけ挿げ替えるならもっとミヅラのいい奴に替えたら


サロベツ原野

 
稚内にゆく時は十数年前から気になっていた家があり誰が住んでいるのかどんな人が住んで居るのか まるでインガルス一家が住んでいそうな木造の質素な家 草原をローラー、インガルスが走っていそうな家なのだ。
一度も住む人を見た事は無いが見ぬが華と言う事もあるので遠くから一枚
200キロ間にただの一軒と言っていいと思う実際に住んでいる,
昔ながらの3寸板張りの住居 多分数十年前に自分で建てたのだろう百姓とは百の仕事が出来る、百の姓を持つ者と言う意味なのだ。
板張りで寒いだろうし放置された家屋の方がもっと良い家は沢山あるのにである。
耕されている農地の広さは見当もつかないがやたら広く綺麗に葉物か何かを耕している。
この住み人の回りに翻弄されない価値観と土地がここに住み続けていける。
ここをしばらく下ってゆくと昔は旅籠から呉服屋まであった言う歌越の海が見える。


学校に通うにも大変な原野 
人間嫌な事や怒りはいつまでも引き摺るが有難かった事や恩義義理は忘れる 
その忘れる速度は銭の量に正比例して早くなる。
反省~


サロベツ作返

4月は各町村に新人が採用されるが言われる事は市民の為に町民の為に村民の為にと言われるらしい
市の為に町の為に村の為にとは聞いた事はないが
国だけは国の為に美しい日本などと、のたまい涙まで流しながら亭主は賭場を作る。
俺だったら涙流すほど感動したらコンニャク位ならポンと出すダメか~
100万がコンニャク、1000万はレンガ なら一億はブロックか~10万はハンペンか~1万はそんな物は金でないか~

いま自分が持っている価値観が本当に切ったら血が出るような価値観なのだろうか
誰かに何かに洗脳されていないだろうかと常に考えされられるのもこの232なのだ。
地球上で見れば北緯43度以北にある首都のほうが遥かに多いのに日本は43度を境に超黄昏てゆく
ここ北緯43度に住むものとして逆らってみようじゃないか~

One thought on “232

  1. さすがに貴方らしい視点で見てますね。本当に廃屋の多さは232が一番のようですね。それだけ自然環境が厳しいということばかりではなく、この地に生きることの難しさを改めて感じます。

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