下見張り

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いまでも瀬棚辺りまでは普通に見る事が出来る下見張り 丁度表にいたオヤジに聞くとかなり詳しく説明をして呉れた。
ここらの地方は杉の木林は普通にあり昔は外壁と言ったらこの杉の木の下見張りが普通だったそうだ。  杉の木と言うと内地の木と思われるが道南地方もかなり多く植林されていて知る限りでは杉の木の北限が崖下村から北に二ついった沢にある朱紋別沢(いまはこの地名はない)にある高橋さんの十数本の杉の木が北限ではないかと思う。
縄文時代から近代まで、この杉の木や皮は船の外板や隙間を埋める事に使ったり穀物倉庫などに多用されていて宝物を入れている正倉院なども杉の木らしい
町の形態はどうしょうもない気候風土によって長い年月をへて作られてゆく
そこに竿を刺すと余計な労力と摩擦が起きてゆく 
なすがまま流されてゆく事ももしかして一つの選択肢ではないかと思う。
やっぱり年食ったなと思うこの頃なのです。

道南は昔からあるのでとにかく道が狭く車を停めるスペースが無い 
観光を意識するなら集落の外れにチョットした駐車スペースを作って貰えると嬉しい
すみません竿刺して
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若い時は色は白か黒しかなかった 
この辺りでは見かけない黒白の鳥 
目が悪いので最初は黒白で小さなペンギンかと思った。
西原理恵子の故郷土佐では遠洋漁業で子供の土産に連れ帰ったペンギンが野良化して野良ペンギンがそこら中にいるらしい 

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知内町矢越
北海道は縄文系アイヌの人と突如消えたオホーツク人以外は内地からの移住者が普通で地名もアイヌ語と集団移住先の長島や新十津川など内地の地名が多い その思いある地名を勝手に変え旧地名を消滅させる事はやってはいけないと思うのだが、、、、、増毛町ニセンハッピャクキュジュキュウバンノニなんじゃそれどこだそれ 

今日は旭川に久し振りにいったが太陽がまぶしかった帰り道 道路標示板を見たがやはり道南それも西側のような表示板は見かける事は無かった。
歴史ある道南はそれぞれに思いがあり譲れなかった表れかと思う。
その違いは実際に行ってみよう

今度はもう少しゆっくりと出来れば東北のように歩きか汽車かバイクで回ってみたい

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