言いたい放題 滋賀県

本土側には大きな屋根付の駐車場があり島民はそこに自分の車を置きっぱなしにしてるとの事だった
よいよ乗船 
通船は本土側は船時間と書いてあるが沖島側はバス時間と書いてあった。
最初は島にバスがあるのかと思ったり、なにかバスに憧れなどがあるのかもと思ったが謎は帰りになんとなくわかった。
沖島まで10分掛かると書いていたがもっと早く感じた。
きっと所要時間は昔の表示のままなのだろう 見てると料金500円のお金を払う人、黄色い回数券のような物をちぎって渡す人、まったく払わない人と三様 年齢はまったく関係ないので顔パスか力関係か何か独特の決め事があるのだろう。

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島の自販機 お金を入れてボタンを押すとちゃんと出た、沖島の名誉の為に言っておくが島の唯一の大通りにも自販機はある。
この自販機はみなと屋さんと言う店の物らしいが本日閉店で島内ではメシは食えないことに
俺は港にいたオヤジから聞いていたので山を一つ越えた所まで戻り食糧を買ったが そこの店の40代と思われるお姉さんは沖島には行った事がないと言う。

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幅3尺から4尺程度で割と広い通り それでも三輪自転車がすれ違う事は難しい
ここに観光客が船時間でどっと入りお金も何も使う所がなく お金が落ちないうえにプライバシーも何もあったものではないだろうから、そりゃムッタシ来るのはわかる。
せめてすれ違う人には挨拶は必要と思う。

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個人経営と思われる博物館 入館料200円で見たければ電話を掛けて小川さんを呼ばなければならない たった一人では申し訳ないので通り掛かりの人にも今開館するから一緒に見ましょうと声を掛けてみるが高いだの安いだのと四の五の言うセコイ関西人風を6人を誘い込んだ。
中は20畳ほどの広さだったが展示物の鬼瓦に菊の紋が有ったのにはビックリした。
聞くと皇室とは縁があるらしく表に出さない品物が沢山あり皇族がたまに来るとの事だった
元々は源氏の落ち武者の流れを組む7人だけの島だと説明してくれる館長の小川さんと言うかなり高齢の人は思わず元は先生ですか聞いたほどの風格が有ったが元漁師との事 

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島ただ一軒の喫茶店で珈琲とお茶と若干のお菓子のみ
この狭い通路に『いっぷくどう』と書いてあるだけで「いっぷくどうですか」と言ってるのか「いっぷく堂」なのかと思ったが
戸を開けようとした時に突然昔読んだ本を思い出した。 
寒村の砂丘に女が一人住んでいて そこに迷い込んだ男を繋ぎ止めようとする本があったな~と思い出した。
最後は確かブチコロして砂に埋めたと思った。
あれは誰の作品だっだか松本清張の奥能登「ゼロの焦点」だったような違うような気がして思い出せない
松本清張は一部しか読んでなく、それも面倒な漢字は適当に読んでるが松本清張は社会派と言われるが、そうは思っていなくてどちらかと言うと娯楽小説と思っている。
ちなみに松本清張は作品中で登場人物をかなり滅多らやたら沢山ブチコロシてる部類の作家だと思う。
俺は一人暮らしなのでアリ地獄だろうが、なんだろうが一向に構わないのだが、
などと思いながら戸に手を掛けるが
まてよ~女お笑い芸人のあのなんと言ったか片方は結核だか何だかになった、
痩せた女の相方のメガネ女みたいな店主だったら引くな~などと思いながら思い切って戸を開けると
唇は山口百恵で目は小雪風できっと化粧したら映えると思うスッピンでも充分綺麗なお姉さんだった。
珈琲を頼むが 
「時間が掛かるので帰りの船に乗り遅れますが構いませんか」と言う。
お~お~来た~来た~アリ地獄と思ったら思いっ切り笑ってしまった。
看板がどこからも見えずらい事を言うが
「御縁ですから 」と言う。
さらに笑ってしまった。
沖島出身で島に戻って来て喫茶店をやってると言うお姉さんはきっと変な奴が来たと思ったろう。

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登るのは急で大変な所にあった神社から 昔どこかで見た景色でこの感じはよく夢に出てくる。
一度も行った事が無いはずなのに以前に来た事があると思う事がよくあるが何か理由があるのかと考える。

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4月3日
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船の型が統一されてるのはきっちり並んでるので舷側と舷側の高さが合わないといけない為に型が統一されてるらしい
着岸はオイオイ喧嘩売ってるのかと思うくらい乱暴だが嘘だろうと言うくらい上手過ぎる。
 3重に停船してる狭い港内をどうやって離岸してるのかと不思議で仕方無かったが全船スラスターを装備していて、それも油圧駆動の大きなタイプで初めて見るタイプだった。
全船夫婦船で男の漁師は背が高く顔立ちも漁師ぽくないが奥さんは一様に背中が曲がり苦労をしてる様に感じ
増毛のように女の人が着岸時に大きな声で指示する声はついに聞こえなく
浜のカァカァー天下はないと思われた。
現代においては沖島が珍しい封鎖された場所でいまは研究対象になってるらしい 
沖島に行く為の通船がある堀切漁港 
ここは沖島の島民が買って維持してる為に一般車両の駐車場は無いので車で行く場合は注意が必要 
空いてるからと止めて島から戻ったら港内に沈んでるかも!
とは俺が言ったわけではない

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一個団体が船で沖島に行くが沖島にとってはなんのメリットも無く迷惑になってるらしい
宿も商店も有るような無いような状態で塩以外は買う事は難しく食事もほとんど出来る場所がない為に食料は持込をしなければならない
年配の軍団が高そうなカメラを持ってるが島のプライバシーは守られてるのだろうか?

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ホンモロコ、北海道の古川にもなぜかいるが形は北海道よりはるかに大きい

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時期はフナ寿司の材料になる二ゴロフナの漁期で
この箱が全部満杯になり仲買人の車が5~6台ほど集荷に来ている。
地面に置いてる箱は全部二ゴロブナが入ってる フナを選別して直射日光が当たらないように空箱で蓋をするのだが、どんな基準で選別してるのか何を話してるのか早口でわからんかった。

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エビは型が小さいがビックリは北海道では10匹採取するのに苦労してるのに大量のウキゴリと思われる魚が桁網で取られるらしい 名前を聞いたら『ざざざ 』と言う。
朝に漁師さんが教えてくれた この本土側の魚集荷を見たので次の船に乗船する。
琵琶湖には湖族と言う昔の海賊のような生業の人達が近代から現代の初期までいたと言う。
その証拠を探しによいよ沖島に

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場所は湖西でトンネルがいくつかある この辺りだと思うが40年ほど前に少し余分に稼ごうと美味い話に乗った結果 ろくでなしの手配師によって数人が置いてきぼりを食った。
いまで言う派遣社員のようなもので話はまったく違い有り金叩いて話に乗ったので、その後が結構しんどかった。
もぬけの殻の飯場で食う物が無く皆でアユの稚魚をすくったり春菊を失敬して食ったり その後は記憶が飛んでるが
当時は陸の孤島だったが現地はすっかり変わり別荘地になってる 
その後はなぜか通天閣界隈に立って後は飛騨高山の駅に居てやたら寒かった覚えがあるが途中経過がやはり思い出せない 人生最大の情けない思いや恥ずかしい思いを沢山した 。
どんな時も生まれてきた事以外は選択肢は自分に有ったので
誰かを恨むなどは今はまったく無い 
恨む相手がいるなら排除するか近づかなければ、その後は問題は起きないと思うが 
すべての選択肢が自分にあった場合は自分を恨むしかない 
これは大問題で
忘れる事も大事

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気を取り直し草津市にある琵琶湖博物館に入館料500円

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いままでハナカジカとドンコは同じ種類で地方の呼び名と思ったが両方一緒に見るとまるで違う。
この中にドンコとハナカジカが9匹混ざってる。
ここの博物館は面白く数日掛かるので出口にキャンプして明日も見ようと思ったが 
駐車場のオヤジが言うには明日あたりから天気が大荒れになるとの事で
何が何でも沖島に行きたいので夕方閉店時間まで居て沖島方面に移動する。

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滋賀県の湖南や東方面は道がややこやしくわかりづらい何度も地図を見るがわからん その後また出た所に戻ってしまったりする。 
道を聞いても湖西と湖南と湖東と地域に寄ってどうも住民の性格が大きく違う様に感じた。
草津市でこんな狭い所を車で走っていいのかと思う場所やアーケード街の流れにはまってしまい中々道から抜け出せない、
丁度ビジネスホテルが有ったので泊まり夜は居酒屋に飲みに出た。
呑み代3200円 宿代5200円 宿代は少し惜しかったがゆくり休めた。

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4月2日 テントを張った時には暗くてよくわからんかったが
明け方に付近の探索に出掛けると海上自衛隊の門の前だった、すぐ傍が舞鶴警察署

夜は寒くてまだ寝袋一枚では寒かった。チョット甘かったので防寒着を着たまま寝る。
予算はフェリー代は別で千作さんの3万にプラス3万で豪華予算で出発
テントは時間に制約が無く自由に動けるが張れる場所が難しい
夏ならバイク同士のよしみで、その辺にたむろしてる少々危なそうなバイク兄ちゃんは大概は暇してるので掴まえて、
どこかテントを張るいい場所を聞くと大概はその場所まで連れて行ってくれる。
世の中にはそれほど悪い奴にはなかなかお目に掛かれないものなのだ。

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小浜の魚売り場 結構な値段が付いてる。
この陸路で消費地に繋がってるのは輸送コストが掛からないのと消費地から直接買いに来るせいか、どこも価格が高く感じる。
ちなみに魚市場のお姉さん達は皆、背が高くスタイルも良く弥生系の顔立ちが多く綺麗な上に言葉がヨロシイオスェ~
ちょっと!かなり増毛と違うかな~

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鯖街道の熊川の宿
いまもそれぞれの家に人が住んでいる。
鯖の缶詰一個530円だった。ここで展示してる品物をカッパわれた話や息子が遠くで働いてる話など年寄の話を沢山聞いた。
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よいよ湖西に入る。
岸辺にタカハノガイが普通にいる。食っても美味くないので誰も取らない バイクに積んでる大きなボックスには
今回この貝を拾って持って帰ろうと電池式のエァーポンプを積んできた。
大きなボックスなので風の抵抗が大きく時速50キロしか出なく移動に結構な時間が掛かってる、せめて90CCにせねばと思ってる。

二枚貝の飼育は難しく、ある大学の実験水槽でも飼育が困難と書いているほど難しいらしいが俺の水槽では川真珠貝だけは順調に成長してるが~ドブ貝は飼育が難しく
エサは成分無調整の豆乳がいいと言うので留萌のドラックストーアーまで買いに行ってるが効果のほどは分からない
いま飼っているドブ貝は砂川で採取して半年生きてるが貝でもストレスには弱いらしい ストレスに弱いなら感情もあるのか?口が堅い寡黙な奴だな
琵琶湖には陸封されたアユや琵琶湖オオナマズなど琵琶湖固有種の魚類やカラス貝や淡水シジミも生息していて二枚貝の宝庫でもある。

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南行は、はまなす 約1,7万トンで速力30ノットが出るらしいが巡航速度25ノット約45キロ程度でベタ凪の海を走る。
舞鶴まで約20時間で着くのだからこれも凄い
船内放送で子供に怪我をしないように注意をするが どこ吹く風状態のちびっこ野戦中隊どもが寝かせてくれないのでハードカバーを一冊丸まんま読み切ってしまった。
読後感想を思うに作家とう言う職業は結構性格の悪くなる職業かもしれないと思った。
内容をざっとかいつまんで説明すると 全く接点の無い殺人事件同士が加賀恭一郎によって解決されるのだが
東野圭吾はきっと毎日毎日新聞を読みながら『う~ん これとこれは組合わせるとこれは使える』などと人の不幸を探してるのかも知れないと思った。
一事件を扱うだけなら内容が単純になるので今回の「祈りの幕が下りる時」は全然違う事件を前篇と後編で組合わせ最後に両方とも因果関係があり解決する手法でこんな事件もあるべ~と思うが
ある程度の年齢になると、こんな事は考えられないと思うような事に出くわす事が多く、やはりフィックションはフィックションだなーとこの本を読んで思ってしまった。
どことなく松本清張風だった。
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船内放送で昼飯がもうすぐ終わるとの案内があったのでメシを食いに行ったが誰もいない
たった一人貸切状態でフライ定食980円を食った。
給仕のオネエチャンに
「ずっと船に乗っていたら何か面白い話は無いか イルカがイルカと来たりしないか」
などとオヤジギャグを言ったが
「私は今回が初めての乗船なので 」と言う。
俺はつい「なんだ面白くないな 」と言ってしまった。
色々な希望や不安を抱えての初めての乗船だったろうに
「おめでとう」
と言ってやらなければならないのに
なんて俺は嫌な野郎だろうと自分にムッタシ来てしまった。
若い子が出来ないなりに一生懸命やってる姿に大人の男として何かを言ってやりたいと何時も思っているのに
これからは否定的な言葉は止めようと思っていたのに自が出てしまった。
それから夕飯までずうっとムッタシ来て夕飯にはなんとか挽回して 
この子の初めての航海を喜んで貰わなければならないとあの手この手を考えた。
晩飯はビーフカレー800円を食いに行って昼飯の時に給仕に来た新卒のオネエチャンに
大柄な態度で
「おー新卒だな、就職おめでとう 頑張って」と言う事が出来た。
給仕のオネエチャンは
「ありがとうございます」と言った。
やっとセコく気の小さい俺の胸の遣えが取れた。
女は嫁に行くが嫁や家族を食わせなければならない男の場合は優しい言葉は相手をダメにする事が多いが前に進める言葉を大事にしたいと最近思っている。
予定通り4月1日夜9時に舞鶴入港

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31日旭川で初対面の人と少々大きな引渡しが完了し帰りは留萌回りで柳谷釣り具屋さんと東雲町で除雪機を回収し頼まれてる仕事が完了
即刻キャンプ用品や着替えなど荷物をまとめてバイクを車に積んで一路小樽に出発
今回は色々な意味で一つの区切りを付ける旅になる。
一人暮らしを初めて20年が過ぎ約束の年月日に残り30カ月を切った事 自分で決めた何度目かの定年と
体力的にも気持ち的にも長期のキャンプは出来ないだろうと思う事と
滋賀近江の出のパン屋スカンピンを見て40数年前を思い出し湖西に置き去りにされた事とその後の行動の記憶がハッキリしない
置き去りされるまでの経過や真実は興味はないが、その後の自分の行動をハッキリとしたいと思った事。
 

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行先は地理的に敦賀に行きたかったが小樽から敦賀は便が無く舞鶴に行く事に決定し初めて舞鶴行に乗る、
23時30分出航
はまなす、一番安い部屋は消費税で後数十分まで原付バイクと人で15800円 部屋は9人ほどのベット部屋でツーリストA-16下段の入り口のすぐ脇の指定されたベットに荷物を置く
 

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ここが大間違いの元
部屋は男女別でA-16の同宿はレオナルド、デカ風の茶髪の男に引率された組や他の組など
下は3歳位からの男の子3人ほど 一番上はなぜか元気な女の子
ベットに荷物を置き酔い止めを飲むが 奥のベット群が何を言ってるのか全然わからないが何やら騒がしい
やがて別の部屋にいたらしいマーマーと呼ばれる黒髪をフランス女風の茶色にした若い女が顔をだして来た。
フランス女風マーマーから軍資金をせしめたガキ一団は自動販売機とゲームの部屋を襲撃に行ったらしい。
部屋の扉はナンチャラ組事務所の扉風に22口径くらいには耐えらそうな頑丈な鉄の扉である。
そこにガキ軍団が指を挟まないか ひやひやしながら見ていたが締める時の音が凄い それがガッチャ~ンと一行程に何度も続くのと危ないのでドアを開けたままに固定し寝ようとするが
本日の走行距離は350キロを超えているが、とてもではないが寝れる状況ではない
ガキ一個班隊達にとっても楽しい旅に違いはないしガキは騒ぐものと覚悟を決める。
がなぜか戦線は拡大し人数も増えてる気がする。
行動に一定のパターンがありどうも下の子達は上官と思われる一番上の子とマーマーと呼ばれる女との使いぱしりにされてるように感じた。
やがて恐ろしい事に船全体がガキ達の春休み行楽船になっている事に気付くのだ 
開け放したドアの外をあっちでギヤ~こっちでギャ~と大騒ぎで右に左にと走り回るガキ一個班隊が集まり
船全体で野戦中隊と化し
南北戦争かはたまた百姓一揆かと思うくらいの騒がしさ
寝る事は諦め本を読む事に
旅には持って行く本には気を付けないといかん暗い本は却下しなければドップリハマり暗い海になる羽目にならないようにと積読から選んだ本は
増毛すずらん通りの本屋富士屋さんお勧めの東野圭吾「祈りの幕が下りる時」

袴田巌さん

今年は雪が少なく氷が恐かった氷はスキーのエッジですぐ割れるがその上に雪が少しでもあると割れにくい
氷が割れるのはすでに何度かの経験済でも恐い、穴の周りに誰もいなければ一人でははい上がる事は出来ないのだ
若い頃は自分の死の恐怖が恐かった。
仕事や遊びでも事故で一度クタバリ掛けると3か月ほど夜中に夢を見て毎回しばらく立ち直れない。
その恐怖が48年間あった袴田巌さん 正確には1966年に逮捕された時からお前は死刑だと散々脅されていたはずで 
冤罪の死刑囚はすでに極刑を終えていて釈放されたから、それでいいとは決してならない
病んだ精神と失った時間は決して戻らない
自業自得だったが自分自身の事でも証人としても法廷に何度かたった経験から他人事とはまったく思えない
もし俺が同じ状況で体力がある若い内に釈放されたなら関係者に復讐をする事に残りの人生を掛けるだろう。
復讐まで行かない人の場合でも世間を恨み反社会的な行動に走るだろう。
関係者全員の徹底検証と断罪がなければ社会の整合性がとれないし
過ちは正され良き者は救われなければ社会は崩壊する。
完璧までは行かなくとも整合性を正義を取る努力が見られない社会では
純粋な若い人ならオウムなどの訳の分からん団体に入る切っ掛けになる事になる。

しかし関係者はのちにどんな心境でいるのかどんな精神構造でいるのか知りたい
とんでもない過ちをして貰った給料で稼いだ金でどんな子供を育て、どんな味の酒を飲んだのだろうか
過ちを犯した関係者は悔い改めなければ末代まで隔世遺伝をしながら飛び火をしながら破たんするだろう。
関係者は腹を切れ

( 司法≧検察 )≧弁護、と日本人の『 和 』が仲間意識が一番悪く出た結果だと思うのだが
一人を極刑の冤罪に追い込み自分達は何を守ろうとしたのか
これらを監視する仕組みが必要になる。
その役目は上司も持たない部下も持たない年金暮らしの役目ではないのか
年寄りは丸くなってはダメで こう言う事のないように怒れ、なんぼ怒っても年金は減らん
どの道長くはない、腹にドスを呑み込み世間の悪に対抗すれ

たいした頭もよくない仕事もパッとせん その代わりに世間様に害も振りまかん、
毎日腰に弁当を下げて帰って来る普通の親を持つ事を幸せに思う。
こんな事を書いていられるのは若い早い時期に多くの人の助けがあったからで
出来る事なら俺もそんな多くの人の末席のさらに枝葉の飴の一個でいたいと思う。

欲たかり

毎日地図を見ていて
や~欲たかりな性格がもろに出て和歌山に行きたいとか静岡に行きたいとか群馬の富岡製糸工場を見たいとか
どんどん行きたい所が出て来たが
小樽から敦賀まで人が9300円 原付バイクが6500円 15800円 車は30500円で差額がたいしたない事がわかったが
やっぱりバイクがいいのでテントとカセットコンロと鍋を積んで原付バイクで行く
あと少し残ってる仕事を片付け次第に出立しようと準備中
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画像は前回のフェリーの中

滋賀近江から来た増毛のパン屋スカンピンが言うには 日本にただ一か所の淡水に人が住む島 琵琶湖沖島は独特の風習や因習で少々荒いらしいので
俺にぴったりでもしかしたら住み着くかもしれんと言う。
周辺には安土城跡や古い忘れ去られたような、お寺が沢山あるので回ってみたいし
百済から来た よそ者を受け付けない集団の百済ナンチャラと言う所があるらしい
俺は商売人としてこのよそ者を受け付けないと言う田舎が大好きで そこである程度の会話が成立するなら
どこでも生きて行けると思ってるし誰も知らない所で素の自分を磨くチャンスと思っている。
なんたって排他的な名古屋で修行してるから大概の事は大丈夫と思ってるギャ~。
諸国を回って生活したが、このよそ者を受け付けないと感じるのは北海道の一定の層の方が凄いと思う。
北海道の人は何がどうなんだか言ってミソと思うかもしれないが
和人の歴史は浅いが北海道には官品をよっこした開拓使、黒田清隆以来の独特の因習があると思ってるのだが
サラッと通り過ぎるだけなのでどんでもいいんだが
と言いながら興味津々
甲賀で忍者修行もしたいし気持ちは桜満開

しかし凄い自分の出た滋賀県をこれだけ説明出来るパン屋は何者なのか
甲賀者か伊賀者なのかはたまた安土城の地下を逃げたと言う織田家の末裔か
ルイス・フロイスに似てるような 増毛を平定しようと身姿をパン屋に化けているのかもしれん

そんな訳で4月5日の採血は却下して
4月6日マリーナー説明会は案内状も来てないので出なくても良さそうだし
う~う~ふふふ~

ありがとうございます。

今年は冬の稼ぎが例年より良くて小金をセコセコ貯めたので毎日地図を見ています。
敦賀までフェリーで行って人生一代転機の因縁の琵琶湖を逆打ちの左回りで回って検証してやろうかと思ったり
名古屋を経由して静岡に行って途中までになってる大井川鉄道を全線乗ってみようかと思ったり
父方のご先祖様の地 秋田県に行って北秋田市阿仁根子を見てみようかと思ったり
格安飛行機で東京の雑踏に立ってみようかと思ったりしてる。

そんな時に中国のHIROさんからハガキが舞い込んで来ました。
初めて中国とモンゴルやカザフスタンが違うと言う事に気付いた。
子供の頃(新規一転 言葉も変えようと思う)は青き狼が走るというカザフスタンの草原に憧れて
焼肉食い放題の馬賊になろうかなどと訳の分からん事を考えていました。
思えば字があまり読めなかったのと金が無かったのでタダの図書館で絵や写真の多い本ばかり見ていたので
そこで見たのは確か本多勝一のエスキモーの本で のちにその本を買っていつか行って見たいと後生大事に持っていました。
その頃はエスキモーも北海道も同じゴッチャでついでになぜか果てが見えないと言うカザフスタンにも憧れていました。
そんな訳のわからん昔の事をHIROさんの外国郵便ハガキで思いだしました。
よいよジッとしてられなくなりました。

今回はフェリーで敦賀まで原付バイクを運んで千作さんの気持ちとお金が尽きるまで走ろうかなどと思っています。

崖下村の住民から入れ替わり立ち代わり老人クラブに入れとお誘いが来る。
それだけは嫌だ勘弁してほしいと断り続けてる。
ル~ル~と携帯が鳴り信金の窓口の可愛いオネエチャンから電話が来て「年金の受取口座を作りませんか」と言う。
まだ自分の稼ぎで充分食って行ける、いま貰ったらガクッと来そうなのと生来の怠け者なので、ズルズルとハマりそうで恐いので食えなくなるまでほっておこうと思っている。
俺を信じて大金をくれた人達の維持修理だけをしてこれからはアフターの付く物は売らないようにと物はここ数年処分して来た。

余った時間はいま営業中のラーメン屋の連中の邪魔をせんように数年前から考えていた駅前で土日のイカ焼きオヤジをしようと思っているが
中々準備が進まないその原因は充分わかっている。
ここまで生きて来た自分の中にある。
負けたくない 馬鹿にされたくない 舐められたくない 安く見られたくない 
それらが邪魔をする
心機一転 一匹300円のイカを焼こうと思うのだが船一隻分を売り上げると言ったら
儲けは船より儲かるが一隻分の金額になるまでにコツコツやって15年は掛かる。
なんと言う気の長い事でここに来て本当に人の苦労が分かった気がする。

今年になって何度か円章さんと呑んでるが先週土曜日に偶然に今年高校卒業をした若い子達と一緒になってしまった。
いまは若い子と話をするのが恐いのです。
皆様の御蔭様でまんまと稼いでしまった。、
馬鹿な俺を見て金を稼ぐ事がこんなに易々と稼げると思ってしまうのではないかと思うと純粋な若い子に逢うのが恐い
地べたを這うようにして働いた母親は商売人が嫌いだった、
かけがえのないものを沢山失いました。
これからは地べたを這うようにして稼ぐ姿を見せたいしたいと
心機一転生まれ変わってやってみたいと贅沢な事を考えている。