悩みはふか~く


夏は車の中は生活用品で一杯になってるが冬はこれに除雪機1380を積まないとない

尺貫法は現在も使われてこれを無視すると後々不経済な事が起きてくる。
除雪機も同じで90センチ幅の除雪機を買うと家の中に入れる事が出来ないし格納庫を作ってもコンパネが3尺幅なので端数が出てしまう。
なので80センチ幅は何かに付けて使い勝手がいいのだ。
そんな訳で1380は13馬力除雪幅80センチを意味して結構な台数を売ったので修理依頼も多くどうしても積めないといけない

どの車に入れ替えるか毎日悩んでいる。
低速付き4WD デフロック付きとなると限られてるのだが法令だけは必ず順守しないといけない
なぜなら事故の時に保険が降りない可能性があるからなのだ。

今の処は三島クオッカか青森バグトラックがいいのだが内装はあると除雪機が積めないので一切要らないのだがそれでは売らないと言うし
いっその事自分で特殊車両に外注し作ったろうかなどと考えてる。
そうなると250万を遥かに超えてしまうし
う~ん悩んでしまう
もう歳食ったのだから雨漏りや使いづらいのも今の車で我慢せと言う考えもあるが
そんな時に


今年は寒い日が続きマキが足りなくなった。
古材は沢山あるのだが吹雪の中から掘り出し運んで切って積んでと午前中一杯掛かってシマッタ
作業をしながらふっと思ったのは
クソ寒い中で半日マキを積むと天候によるが2~3週間はマキが焚けるが~
マキを焚くと年間18万ほど掛かる灯油代がチャラになるし壊さねばならない家は沢山あるが
暖を取る為にマキを半日掛けて用意してそのマキが半日しか持たなかったとしたら
なんの為にマキを焚いてるかわからんのではないか

日本では老後の資金が2000万以上必要らしいが7割の人が持ってなくさらに年金はドンドン減っていくらしい
多くの人達が老後の為に若い時からマキを積むようにして働き
我慢辛抱とやりたい事もせず老後に備えてセッセと貯金をして
老後にはやっと動く身体で何処にも出掛けずに家の中で一日ボ~とテレビを見て暮らす
それでは唯々命を繋ぐだけの人生ではないのかと
現代は奴隷制度があった古代でもなく近代でもない
老後対策は土と水に近い田舎に住みタバコを止めて健康を維持するに尽きると思うのだが
健康でさえあれば山菜もあり魚も釣れる鹿ロースも目の前を闊歩してるのだ。

今日本では7割の人がこのマキを積んでいる以上の大変な中で生きてる事になり
よく日本で暴動が起きんものだと思ってしまった。
そんな訳で暴動が起きたら借金はチャラになる事を期待して今週は信金に行って車を買う銭を借りに行こうと思う。
三島クオッカを買って内装を剥しマキにするか~特殊車両製か う~ん悩むぞ~

日々暮れて

北海道にはセイコーマートがあり偶然なのか看板の色は郵便局と同じで相当な田舎に行っても郵便局と信号機があると傍にセイコーマートがあると言うほどあり
採算は取れんべと言う場所にも地域の為に作ったりする。
そんな訳で応援の意味もありセイコーマートはよく行く
留萌の最後の商店からここ崖下村までの間15キロ間には店は舎熊のセイコーマートしかないので
ここから5キロ先のその店に牛乳を毎度買いにゆくのだが


他の店は知らんが俺が行くセイコマは牛乳を1本買う毎にこの台紙にスタンプを一回押してくれ一杯になると牛乳が1本貰えるのだが
それが昔のお姉さまがスタンプを押す時はピンクのハートーマークを押して呉れるのだが
昨日若いネエチャンがポンポンのポンと台紙にスタンプを押して呉れたが
よく見るとカエルのスタンプで色も緑なのだ。
俺はネエチャンにすかさず言った。
「 なんでハートマークでないのだ 」と
「 わたし~カエルスタンプです~ 」と言う
思考するにはカウンターにはハートマークとカエルマークの最低2種類の印とピンクと緑のインクがあると思うのだが
それを使い分けてる事になる。
ガラが悪いので緑のハートマークにならん様に気を付けんとイカン

う~んスカジャン着てバイクに乗ってモテモテだった頃は
もう幻の遥か昔にすっ飛んで行った事をこのネエチャンは俺に突き付けた。
「 世間の風は厳しく冷たいね~ 」と言って会計をした。
俺の背中にネエチャンは「 そんな事言わないで~ 」と
こうして田舎の日々は暮れていく


自分の質(タチ)は自分でわかるだろう
俺と俺の中で制御出来ない奴は銃など持つな
ただでさえ大変な中で病院関係者を銃で撃つなど
そんな畜生男がいるなどただただ悲しい
俺で俺を制御し耐えれない奴など男などとは言えんぞ

寝~技

格闘技には知られた処ではボクシングや空手、柔道やムエタイ、テコンドーなどがあるが中でも柔道だけは違う分類になる。
自衛隊が行う格闘技も多くの格闘技も相手を仕留め倒す為の格闘技だが
柔道は自分の身を守る為と相手を制圧する為の技で他の格闘技と違い相手を挑発し口汚く罵る事はせず
礼に始まり礼に終わると言われている。

常に相手の柔道着を掴むそれは逃がさない為もあるが相手を守る意味もあり
背負い投げなどはちょっと練習すると出来てしまうが
相手の襟を自分の懐に持上げてやらなければ相手は頸椎捻挫や下手すると半身不随になってしまうので
突き倒す事なく常に相手の襟を掴み自分の懐に入れ背中から着地させる事が基本になる。
寝技があるのも柔道の特徴で相手の息の根を止める事を目指してはいなく制圧が目的なのだが
生かして捉える制圧専門の警察には必ず畳の柔道場が併設されるのもその為なのだ。
近年においては畳も色々な寝技に使われるが
人一倍体力もある健康的な男女が深夜の小っせい交番に一緒にいればま~そんな事もあるってと思うのであります。

子供に柔道くらいはさせてもいいのではないかと思うのだが
物騒な世になったと言われるが実際には戦後では平成14年がピークでそれ以降は年々下がり現在はお巡りさんの努力でピーク時の半分と意外と犯罪は減っているのだ。


新しい車を買う原資にしたいので
最後に残しておいたスノーモービルを売ってしまおうと
もう冬山にも行く事もないだろし一年振りに乗ってみるが調子よく走るし
この小さいスノーモービルなら身体もなんとか動くのでやっぱり売るのは止めようかと思ったり悩んでいる。


この車は今年は本当に活躍した。

故障した除雪機の傍まで行くには除雪していない小さな道に入る事が多く
今年は低速4駆とデフロックを何度も使ったのでデフロックの有難みが身に沁みった。
買い替えの条件は狭い道を入るので出来る限り小型で低速4駆とデフロック付きが条件なのだが
銭の関係で一台しか買えないので除雪機も積めて長距離用にリクライニングシートも欲しい
そうなると軽のパネルバンしかないのだが一応スズキの船外機を売ってるのでスズキを買いたいがスズキにパネルバンが無いのだガ~ビ~ン
なんてこったダイハツパネルバンはこのコロナでキャンピングカーブームが起きて1年半待ちらしいしパネルバンは家の庭に置いても使い道があるしで
う~ん湖西の大将乗り遅れてるな~と思うのであります。

飛べない豚はただの豚

電車内で優先席に寝そべりタバコを吸ってる奴自体が普通に話が通じる奴ではない
薬をやってるか最初っから挑発してる奴で危険極まりない奴である事は間違えない
そんな奴には近づかないで110番通報が一番

だが若い子が暴行を受け頭を踏みつけられのを10分間も回りで見て見ぬふりするのはおかしいし異常な事なのだ。
そんな優先席に寝そべりタバコを吸ってる自堕落な奴は体力があるとは思えないし格闘技をやってるなら若い無抵抗の子に手を出す奴など滅多にいない
中途半端なそんな奴は素人でも2人もいれば制圧出き
この場合は私人逮捕が出来る要件は充分あったと思う。

恐いのは制圧した側の身元がバレルのは恐いが電車内であれば行き掛りなのでそれほど心配はないと思うのに学生を誰も助けに行かない
頭を踏み付けられるのは殺される可能性が充分ありながらそれを黙って見過ごす事がそもそもおかしいのだ。
このされるがままを傍観する性質が日本が舐められる原因にもなってる様に感じるのだ
それは沖縄問題でも然りで政治が悪いと言いながら選挙にも行かない投票率は平均5割にも満たない
ただただ流されるままに日和見を決め込んで受け入れる一体何処からそんな性質が生まれたのか
それは渡来人により官僚制度が始まった頃から従順さを求めた成果で
鎖国時代はそれでよかったかも知れんが今や世界の壁は無くなったに等しいのだ。
このニュースが世界に流れた時には日本人は皆が羊で利用し易くそれでいいのだと思うだろう。
やる時はやるんだと言ってる奴に限ってやる時が来てもやらん奴は多く
普段声の大きい奴も本番は用事が出来たと言う奴も多い
日本人も菜っ葉ばかり食ってないで肉食って決める時は決めてくれと思うのだが
衣食住足りて太った飛べない豚はただの豚で食われるだけなのだ。

春よこい~


ナメタは外で干せばカラスかキツネのエサになってしまうので潮風が当らん屋内で干してる
この浜風が当てるかどうかで味は格段の違いが出るのだが冬は仕方ない

仕事場でパソコンのすぐ横で干したので毎度見てるうちに
待つとか耐えるとか言う事をまったく知らん直情的な見本の様な俺が塩梅よく干せる前に一日3枚づつ食ってしまい
塩梅よく干せたのはこれだけになってシマッタ
これ以上干すといけないので冷蔵庫にしまう事にしたが それはそれですっかり忘れてしまうのだ。
何せ冷凍庫は2台、冷蔵庫も2台もあるのだ買い物に頻繁に行けないし魚を大量に貰うこの辺りでは普通だと思うが
冷凍庫は一番下にある物は何だったか忘れてしまうので勢い覚えてるうちに食ってしまうと言う事になる。

ナメタは縁側を食うのが一番美味いので大量の油で縁側を先に揚げてから身を揚げ
食って残った骨はさらに揚げてパリパリとほとんど食ってしまうので何も残らんのだ。
そのせいかレントゲンで見る自分の骨はかなり太いしヒビ割れはしたが骨折をした事はない

大好きな魚類は毎日食っても飽きる事はなく その為にここに移住して来たと言っていい
知らない人はここに公営マリーナーが出来たらから移って来たと思ってる人は多いが
マリーナー構想が計画される2年前にすでにここの空き地に住民票だけは置いてあったので
住民票はあるが家は無いと言うホームレス状態で
そのうちにここに掘っ立て小屋を建て住んでいてたまに家に帰ったら嫁さんがいなかった。

公営施設計画段階から見て来たのでどんな手法で作られるのかを見て来たが
その手法は通常では考えられないやり方で驚く事が多く
田舎に出来る公営施設は都会のコンサルタントの食い物される箱物がいかに多いかを知った。
それも田舎に行けば行くほどコンサルの質は落ち出来た箱はナンノコッチャになってゆく


山を越えた処に平城天皇の皇子 在原業平の墓所がひっそりとある。
飛鳥につながる由緒正しい近江国街道


すぐそばにひょっこりひょうたん島~とこの建物が見えてくる。
多分公共施設だと思うが
何処のコンサルが提案したか知らんがセンスのなさにやい~や~な~と思う。

3月申告が終わったら再度この街道を探索に行こうと思う。
それまでにコロナが収束してる事を願って
般若波羅蜜多心経~ガーテーガーテー春よこい~

経済と狩猟民族

5年前に救助されたトンガの漁師どうなってるのか無事だといいが
救助作業動画は嫌だが参考の為によく見る。
救助作業に一円でも貰うとそれは経済行為になる経済となると採算ラインが出来てここまではやるが・・・・それ以上は・・・・・となってしまう。
とっかかったらゲーム感覚でいき一点あがり~としないと気持ちの落とし処がない場合もあり
さらに連れ帰ったがコイツはもう一度元の場所に置いて来ようかと思う奴もいた。
昔の話です。


真夜中にゴソゴソ音がしたら玄関先に箱が置いてあった。
持って来て呉れる漁師は数人いるが誰かわからんカエシのしようがない
タラはどこかと分けてナメタは軽く干して唐揚げと一週間は食いつないでいけるので
一次産業の田舎は食うだけなら何とでもなってしまうのだが

海辺の田舎はKIZAI的には不利で周辺人口が内陸と違い半分は海で住人はタコやらナメタなど銭の持っていない魚類さんが占める。
その為に内陸の経済地域の半分しか見込めないのだ。
でも浜の生活は原始時代の狩猟民族生活に近く農耕民族とは明かに違いがあり
土地に対する意識が低く漁がなければすぐ移動をするし獲物は種籾の様に保存が効かない
それは沢山獲った者はそうでない者に分け与える事しかない
そこに野獣のような者とそうでない屋内に向く者との共存が出来て狩猟民族に経済などないのだ。
それでなければ魚一匹を釣る為に高いボートをドッタラコッタラ

現在の経済とは保存の効く種籾を如何に沢山所持するかに尽き
種籾はすなわち銭でそれは公平な分配など有り得ないのだ。
戦国時代の切取次第と同じで力が優先するその手法は一万数千年続いた狩猟民族による縄文時代
が農耕民族に駆逐され弥生時代に入ってわずか2681年程度しか立っていないがすでに綻びが見え始めている。

パソコンが調子悪く買い増しをしたこれさえあれば何処に居ようが・・・・・・
と思うのだがまだ慣れていない

これからは黄昏た海辺や山の田舎にこそ未来があるのだ。
北海道には沢山の未開や放棄された土地があり目の前には鹿などの食料が闊歩しているのだ。
食えなくなったら都会をすて北海道を目指そう
田舎には住む所も用意してる職場は沢山あり
何せ空き家だらけなのだ。
ここ4000人が住む田舎に来てもうすぐ30年になるがいたって快適
田舎は人間関係がドッタラとかよく耳にするが そんなの当たり前で待ってれば煩い住民は順番に・・・・・・です。

誰かここ4000人の町に来て個人タクシーをする人はおらんのか
限界集落では年寄りは水戸黄門警護役の由美かおるが風呂に入るのを見届けて寝てしまうので真夜中は走らんでいいし
車庫の裏に野菜を作り魚を貰いと楽しい生活が待っている。

keizaiなんのこっちゃ

毎日毎日危険を犯しても経済を回さんとイカンとテレビで吠えるが
何をクッチャベッテんだべ~とテレビに回し蹴りを入れてやりたくなる。
あのな~田舎には元々経済など存在せんのだ。
石炭も森林資源も取り放題採算が取れなくなったら町そのものが見捨てられる。
北海道を二つに割ると函館から稚内まで西海岸は大きな町は小樽、石狩、留萌、稚内
一方東海岸は八雲、伊達、室蘭、苫小牧、根室、斜里、網走、枝幸、、、、、とある。
この差で面白いのは北前船が寄った処で現在も栄えてる町は本州も含めて中々無い
古着を積んだ北前船は等価交換ではなく搾取に近い船であったのだ。
現在も首都圏や大都会の為に資源や人材があるうちは田舎は搾取され利用され無くなれば消滅してしまうのだ。

元締めの会社が田舎を見捨て引揚げる時に一緒に優秀な人材までも連れ去っていった。

いまこのパンデミックになっても大都会の為に経済を回せといい
あまり何度も言うのでは今度は社会インフラがドッタラコッタラと
お前達はバカなのか
ここは汽車も廃線、バスもろくに来ない、タクシーなど無くなって数年立つ
吹雪の中で皆ロクに除雪していない道を数キロ歩いて食料を買いにいく
そもそも経済、社会インフラなどすでに無いのだ。
それで困るだろう~どうだ~都会のごみを引き受けたら
真面な暮らしが出来るぞ~と都会で電気を絞った後の残りカスで自分世代で処理も出来ん核のゴミを金で頬を叩くようにして持って来る。

田舎でなにが悪いのか洗脳されてもっといい生活など余計なお世話なのだ。
知った顔だけで新年会をやり宝引きをやりビンゴをやりと雪が融けるまで屋内レジヤーに講じるのだ。
少しの晴れ間にタラを持った婆様が食い切れんから半分に切って呉れと持ってあるく
そんな田舎生活で充分ではないのか経済がドッタラコッタラ余計なお世話なのだ。
春になったら数歩先には山菜がなって浜には魚が戻って来る。
田舎は意外に感じるが年金や農水産物で外貨が流入して使い道がないので貯まる一方なのだ。
農水産物はほぼ経費だけで仕入れが無い物が多く
魚も取っても海に銭を払う訳でもないリンゴの木もリンゴを取る度に木の根元にリンゴ代を払う訳ではない
田舎の生産物は経費が殆どなのだ。
いまや都会の言いなりなって新しい機械だの新しい車だのと買ってはいけない
その余った銭は地域循環に回すべきで
月に3万を雑貨や食料品を買えば集落に20軒あれば月60万が売り上げになり粗利12万あれば田舎の商店は売残りを食って裏に畑を作ってマキを焚いて成り立つのだ。
要は田舎は都会に洗脳されたらいかんと言う事で今ある地域の中の生活を楽しみを見つけるべきなのだ。

今年もささやかな新年会をやったが
貸元をやったので来週あたりに賭博開帳図利 でお縄になってるかも


こちらの画像は賭博罪時効が成立した15年前の宝引きですでに鬼籍に入ってる人も数人いる。
田舎はこうしてKEZAIと社会インフラを回してるのだ。
限界集落はいま楽しまないと明日は知れん人が多いので町内会費など宵越しの銭は持ってはイケない

 

雑草

昨日午後から波が堤防を越えて来て窓ガラスに当たっている。
ここの窓ガラスは6尺×6尺の複層ガラスだがいつか割れるのではないかと思うので冬はガラスの前に雪を積んでいるが

夏は水槽浄化の為に水に強い草を植えてるがドンドン大きくなって大きな窓に日景を作ってくれる。

町に新しい駐在さんが赴任して来ると何かしらの怪しい草を栽培してるのではないかと中に入って来る。
特に若い駐在さんは全然関係ないワイファイがドッタラコッタラなどと世間話をしようとする。
俺は親切心から若い駐在さんの捜査能力を鍛えてあげようと
如何にも怪しい奴の様に出来る限り眼を合わせない様に反らす様にクビを90度横に向けて話をする。
サッサとこの雑草はなんでわざわざ植えてるのですかと聞けばいいものを~
ま~花でもない雑草をわざわざ育てるのは確かに怪しい
ウマダシヨウの間にイケない草を植えてるのではないかと横目で水槽の中をチラチラと見るのだ。


雑草は管理が難しい

本当にこいつは悪い奴だと思う奴にあった記憶がないが最近あれこれはチョットおかしいと思う者に立て続けに遭ってる。
明かに年齢は半分以下で規模と言う言い方はおかしいが規模は10分の1以下だろうと思う奴に俺のやり方は無駄が多いとか、ここをこうすると良いとか言われたり、
また他の者には生活態度がドッタラコッタラと言われてしまった。
俺は回りで見てると好き放題で常に一か八かに見えるので説教をしたくなるらしい

どうもスマホとやらになってから何でも知る事は出来る様になったが知ってる事と出来る事は違う様な気がしてならないのだ。
知らない事をスマホなどで字面だけで知るのと人に相対して教えを乞うのでは全然違うのだと思う。
このコロナになってからオンライン授業とやらが流行っているらしいが
教えて呉れる先生の一挙手一投足をしゃぶり尽くす様な教えを受けた者とオンライン授業やグーグル先生やスマホ先生に習った者との差が
逢った事も無い相手を批評したり叩く好戦的な現象に繋がっている様な気がしてならないのだ。
何かを知る事は楽しいが
冬の水の冷たさや焼けた鉄の熱さなどを肌で知ってやっと半回りでないかと思う
いまはチコちゃんに叱られるテレビをまったく見ていないが
もうなんでも知ってる事など大した事ではなくなる。
それよりは身体で実体験をした者が雑草の様に生き残っていくだろうと
自分が生かされる場所は何処なのか、どのレベルなのかと考えてしまい若者の話をうわの空で聞いてしまった。

レスキュー

海は恐い波打ち際をチャプチャプやってるのが一番だがレスキューとなるとそうはいかない


クルーズ船アルバトロス
直読みア~ホ~鳥が2017年に3日間漂流していた南太平洋トンガの漁師を救助する。
海でも陸でも民間で誰かに手を差し出すレスキューをするのはア~ホでなければ出来ない

最初のコンパスが動く処は船が旋回して漁船を風下に抱きかかえ波から防いでいる事を示す
途中で一人海に飛び込むが普通の精神状態では飛び込む事はないと思うが
3日間も漂流していればわからんでもない
救助が終わり救命ボートを吊り上げる時にバウにいた作業員二人のうち一人は骨折していると思う。
海の揺れる上での救助作業員は毎度危険と隣合わせなのだ。
この後クルーズ船アルバトロスの乗客は募金で15000ユーロを集めこの船を失った漁師が再起する為に贈った。
景色より食い物より一生の土産話になっただろう。

15年以上前になるが無人で漂流しているボートを見た事がある。
結果はあっと驚く為五郎だったがその後乗員は無事回収したが
海の上では焦りが一番禁物で何か起きた時を想定してイメージートレーニングをしておくことが大事だと思う。

美的センスゼロの俺が言うのもなんだが
美的センスとしては大きい船が小さい船を助けるからいいのであって逆だったら悲惨の一言になってしまう。
それは日常でも大きいものは小さい者に譲る事が美的センスから見てもいいのだと思うが
狭い桟橋を歩きすれ違う時もデカいボートオーナーが真ん中をデンデンと歩くのは美しくない
コンビニに車を止める時もいい車こそキチンと止めるのが美しいのだ。
いい車に乗るのか、いい服を着るのか、胸の内に持つのか
その価値観は自分が決めるもので
みなそれぞれが自分の中に王道を持っているのだと思うが


そうするとこんな事は起きない
昨年秋 左川口シャケ釣り場所からおよそ80メーター先でボートが釣りをしている。
ボートを持ってる王者の釣りとは言えん漁師じゃないんだから今年は止めよう。
さらに川口は太古の時代から流れて来た岩が必ず暗岩としてあり危険この上ないしぶつかればソコソコの銭も掛かるのである。

明けましておめでとうございます。

ナンノコッチャ年明けから仕事をして稼いでシマッタ

古い町並みを見て歩くのが好きでそれもいわゆる観光地は殆ど行く事はない

郡上八幡

町並みを見てつくづく思うのは現代の商店街がシャッターを付けた事で世相が変わってしまったのではないか言う事で
時間から時間まで稼ぎました後は自分の時間で一切ダメと言うなら勤め人をするべきで その程度の覚悟では商いをやってはいけない
商いは来て呉れた人と一緒に楽しむ道も沢山あるのだ。

この引き戸の商店が営業が終わった事を知らせるのはサラシのカーテン一枚なのだ。
俺がガキだった頃に空き瓶をぶら下げて留萌駅前の酒屋にたった1合の酒を買いによくいった。
買いに行くのが遅い時はカーテンが掛かった戸をドンドンと叩いて引き戸を開けて売って貰った。
売る方も夜中だろうが戸を開けてくれる。

昭和は戦争を経験した人達が商いをして平和に対する思いや覚悟が
いまの世代とはまったく違いその思いが地域を守って来て
小商いの商人も簡単に破る事が出来る閉じまいで誰が来るかわからんでも戸を開ける、その覚悟と
商いに対しての覚悟が違ったのではないかと思うのだが


上越高田

現在の成長戦略とやら言うが商いを戦いにしてはいけない
バイクで転んでも頭を打たない程度の格闘技は少しだけやったが強い者だけが残るならそれはもう人間社会ではない
商いは地域に必要とされ地域と共に育ってゆくのが理想なのだ。


宇陀

見ず知らずの他人を標的する犯罪が増えた事は何かがおかしい
地域の安全を考える時にこれからは小商い店は三階建とシャッターやドアを禁止したら
世の中は変わるかも知れんと思うのだが
防犯が悪くなった為のシャッターか
銭以外は一切シャッターアウトのシャッターが治安を悪くしたのか

俺の処は壊れた電動シャッターを外し引き戸にしたが明るくなってよかったが
戸三枚分の さ~サラシを買う銭がない~

正月は鳴物で サラシに巻いた~

嫁さんに逃げられた俺が言う
昭和の恋さんは待っては呉れるが平成や令和の恋さんは待ってはいない
待ったのは小室佳子さんくらい