4月4日
前日は天気予報は外れ雨には当たらなかった。
宿泊は一度楽してしまったので近江八幡駅前のビジネスホテル 第一ホテルに泊まる5100円部屋の真ん中に柱があるがいいかと聞かれた。人柱でなければ構わんと泊まる ここのフロントマンはご先祖様はきっと旅籠の主人ではないかと思うくらい頭が低く愛想が良い 湖西地方とはなにか違う。
夜は駅前にある焼肉屋良で一杯呑むメシと酒で三千円少々 地元の土建屋のオヤジ達らしい人の話を聞きながら呑む
滋賀には最盛期には荘園のような形の城が160前後有ったらしい こうして酒を呑みながら地元民の話をそばで聞きながら領主の人柄などを値踏みしたのだろう
誰もが明日をもわからん戦国時代にはいり誰を倒すか誰と組むかは大問題だったろう 裏切りそうな奴やハシコイ奴などそこでの諜報活動に身を隠して諸国を回る物売りなど他国者は警戒されたのが今でも習性として残ってる感じがしてならない
安土城址の駐車場 なぜか二輪車はただ
開園と言うか開城と言うのか9時からで駐車場整理のオヤジと30分ほど雑談したが何せ詳しい織田の生残りかと言うほど詳しい
最後に言われたセリフはもっと勉強して来たらもっと面白いと言われた。
う~ん駐車場のオヤジは穴場かもしれんと
なだらかに見えるが角度は優に40度近い上に どこの城も石段はバランスを崩すように作られてるので登りづらい
ほとんど登山に近い
所々に元地蔵さんや元墓石などを敷いてある中にはハッキリそうとわかる石仏があり誰が置いたのか簡素な入れ物に銭が入ってる。
ほんと内地の人は信心深い
年齢の割に身体を鍛えてると思ったが駐車場のオヤジは20分から30分で登れると言ったが
そんな時間では無理 途中何度も挫折しそうになったし石は前日の雨で濡れていて何度も足を滑らした。
足を滑らすと顎が前の石段に打ちそうになるくらいの急勾配を登り切って琵琶湖を眺める。
天下布武じゃ~
天下布武とは暴を禁じるとあるが信長には言われたくないと思うのだが
ファミリーの身内に裏切らては世話ないべ御身の不徳の致すとこじゃ~
俺は安土城を燃やしたのは秀吉ではないかと思うのだが
誰が積むのかこの置石は内地の山奥に行くとそこかしこにある。
積んだ人に何しに積むのか聞いてみたい
無人のお寺で手入れはあまり良くない ここまでは来るには大変
受付の奥に小屋がありそこに、この山を手入れしてると思われる人がいるが話を聞くと面白過ぎて1時間位はすぐ過ぎる。
雨が本格的に降って来たのでお暇(いとま)をしたが
内地に来てからから見ていた内地のテレビ天気予報がおかしい変だ。 一局だけかと他局も色々見るが変だと思う。
天気に身体を張ってるので天気を見るのは多少は上手い方と思うが、
わかりやすくと天気図が絵なのは確かにわかりやすいが
午前と午後の天気を見ながら広域に移動するには、天気予報は県内のみで簡単に分かり易くとなってるのかも知れないが仇でこれでクレームが来ないのは不思議 午後から雪混じりの強風域に入り酷い目に遭う。
さらに道はおそらく昔の領土の色合いが強く残ってるせいか
これが国道かと思う、いきなり狭い曲がりくねった道がある これはご先祖様の土地は何が何でも売らない通さないなどと言う内地に良くあるパターンでそんな所を通る奴にも問題があるとは思うが
第一ホテルの朝飯掛かりのお姉さま達が甲賀方面には道が複雑で行けないと言った意味が分り全身南無阿弥陀仏状態になる。
油断と思い違いで北海道人は雨には弱い事も分かった雪は払えば落ちるが雨は染みこむ
ゴアテックスの防寒着でなく完全防水のカッパを持って来るべきだった。
雪に桜 風流じゃ~風流じゃ~茶釜を持て~
夜になり一旦敦賀方面に避難したがさらに甘さが