下々は身を捨ててはイケマセン

 


昨年行ったっきりの
南小樽市場ここは小樽方面にゆくと必ず寄る
もう一か所新南小樽市場もあり両方とも地元のお客さん向けで安くて新鮮
それゆえに観光客も多くいつ行っても賑わっている。
年寄りの魚屋が多いのに可哀想に集団コロナが出たので14日まで休業するらしい

オリンピックは何か国参加するのかわからんが100カ国だとすると危険性は随行員も含めて100倍以上ある事になるし閉塞された空間でコロナのカクテルが出来る可能性も大きく
最新型コロナはTOKYOジャパンファイブリングコロナかガースーオモテナシコロナと名付けられる可能性も大きい

八百長を防ぐ為にレース前は隔離される競輪選手であるまいし隔離された状態では地元日本との真面な競争にすらならない歴史に禍根を残すオリンピックになるだろう。
いまさら主催者ではないと言い出すガースー
その心は責任者ではありませんででわいったい誰が責任者で
なぜにたいした生産性もないスポーツに大量の税金が使われるのか説明して見れと
漁業者や農業は振興の為の様々な補助金はあるが一匹釣る為に
俺が言うのもなんだが高いボートを買って海に出る者に補助金を出す国はないだろう。
なにをどう考えてもこのまま行けばオリンピック関係者は選手も含めは漁業者の間を我が物顔で走り抜ける暴走ボートと同じ扱いになるだろう。
オリンピックは身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれなのだ。


下々は身を捨ててはイケマセン

やっちまった。 

修理屋の悲しい処は故障は突然起きるのとさらに定期的な仕事も入るので予定が立たない
先週は船の狭いエンジンルームに逆さ吊り状態で覗き込んで点検中に胸ポケットから電源が入った携帯が落ちてエンジンルームのビルジに落ちてシマッタ
電源が入った状態で回収に手間取ったが
それでも真水なら何とかなるが流石にビルジ水ではアウトに
仕事柄身体が水に浸かる事が多いのでスマホは使えない
身体が濡れてる場合のスマホの危険性はもっと知らせないといけない思うのだが薦めるばかりで危険性は誰も言わない知らせない

データーが消える前に新しい携帯に移行出来て良かったが
どうせなら世界中からイチニノサンで携帯が無くなったらどんなにサッパリする事やら
『1時間待ちましたサチコ 』と書かれた駅の伝言板
そんな女を待たせる様な奴はサッサと別れてしまえと思った名駅裏の伝言板が懐かしい

一部の船関連で最近変わったのは縄梯子を備えれと言う。
これも危険性は言わない!知らない!
「 あの~お言葉ですが縄梯子を素手で昇った事はおありで 」
と言いたい
伊賀上野の出稼ぎ忍者か相当訓練しなければ下をガッチリと固定していない縄梯子を昇る事は中々出来ない
縄梯子は下がる事すら難しい
使い方と危険性までは考慮せん行政の下々平民に上から目線で何か言ってみるべや~と言う
安心安全の為にと検証なしの思い付き程度の物なのだ。
思い付きで始めたオリンピックも大した検証もせんでやるから鼻からゴタゴタ続きで税金が垂れ流された。
その銭があったなら
どうも最近の人間は自分を過信し頭の良さと頭の中で何もかもを乗り切れると思っている節がある。
甘い これからはどんな疫病や災害があるかわからん何もかもが用意され便利に進む都会では生きて来れたかも知れないが
現場に出て身体を張って自分の手を使って初めて知る事は沢山あると思うのだが

令和銭形平次

やっと忙しいのも一段落し暫しの待機時間が出来たので再び軽トラに箱を載せる事が出来た。
今迄は横に貼っていた50Wのソーラーパネル2枚を屋根に乗っけて発電量を増やす事に
北海道ではソーラーパネルは積雪がある為にカネ勾配が多いが内地では水切勾配程度で空に向かっているので内地と北海道では同じパネル面積でも経費も発電量も全然違うと思う。
北海道でソーラーで稼ごうと思ってる人は注意が必要だと思うのだが
中心二枚は冷凍ショーケースの二重フタを天窓にしたが夜空が見える反面日中は暑い

いまどき銭形平次じゃあるまえし弁当屋で銭を投げた奴は
その後菓子折り持って謝罪に行ったらしいが
親告罪なので俺だったら謝罪に来たら被害届は下げて許すな
謝りにゆくにも結構根性が要る事は何度も失敗し続けた人生で経験済だし
その時の許され方によっては、その人にその場所には今後絶対に迷惑掛けないと誓ったりして来た。
相手は若いし育てていく事も必要だと思うのだが
ネットではま~一度も失敗こいた事が無い奴はこんなに居るのかと思うほど許すなと散々叩いていて
中には終身刑にせと書いてる奴もいる法治国家に住んでいてまともな量刑判断も出来ん
お前の頭の中身はどんな事に成ってるのだと

揉め事もそうだが今迄で何度かの危険な場面に出遭って来た経験から
さ~これからと危険な場面に向かうと言う時は普段元気のいい奴はあまり頼りにならんし
揉め事で恐いのは何も言わない一見大人しそうに見え眼を落す奴は危険で恐いのは常識
本気の奴は足が斜になってる。
令和の銭形平次は声は大きいが充分やり直しが出来るタイプに見えるので赦してやれと思うのだが
ケツの穴が小さい弁当屋店長は許さんと言ってるらしいが俺は意外と女を上げた女性店員はゆるすのではないかと思う。
女性店員も売上は今週一週間は先週の倍は売れるべ~

罰金刑は前科が付くどんな奴でも
親はいる子も居るかもしれん家族の為にも許したってくれ~

高血圧には菊芋らしいぞ~

一体どういう事なのだ時間がない昨年までやっていた事が出来ていない。
5月は石狩川沿いアチコチにある三日月湖に行って鯉の産卵を観察にいかんとないのに今年は一度も行っていない
ここ数年山菜取りにも行っていない
これではド田舎に住んでる甲斐がないではないか

特に感覚ではコロナになってから兎に角忙しいのだ浜にも港にも人が集まり同好の趣味人だと思うが海にはコロナないと思ってるのか
マスクもせんと近距離で話をしてる。
さらに話が合うだけに時間が長い
広い海にはコロナはないかも知れんがお互いにコロナを持ち帰ったり置いて行ってる様な気がする。

人間の裏を見たとかナントカ言って
どうも群れるのが嫌い人達が田舎に集まって群れてる様な気がするのだが
そんな訳で土日ラーメン屋はしばし休業する事にしたのです。


二年で菊芋に掛けた時間は総時間数は1時間未満だが
菊芋の栽培に挑んでいたが今年は芽が出てあっと言う間に1メーターほどに育った。
元々菊芋は外来種で北海道では雑草扱いなのだが不思議な事が沢山ある。
芽が出始めると面白いので耕運機の中古を買って来て耕してみる事にこれにはイタドリの防止の為もあるのだ。


野生えではなぜか斜面にしか生えていないのだ。
それで裏に斜面が留萌に向かって延々とあるのでそこに穴掘って菊芋を植えて見た。

やはり斜面に植えた菊芋は育ちがいいが平面に植えた菊芋は育ちが悪い
なんでだろう不思議 他にも不思議な事がある。

修理工兼商人なので秋には収穫した菊芋を道端で売ってみるかなと思っている。

紀伊半島に行ってからは

十津川村役場前の国道168号線をゆく子供達

紀伊半島ではこの斜面に石を積んで家を建て農地を作るのに
北海道ではそこら中に平地が放置されているので回りにある空き地を耕してみたくなった。
これが俺の悪い癖で飽きるまでトコトンやらないと気が済まない
そして燃え尽き症候群になってしまうのだ。

8メーター水槽ではカワシンジュカイは簡単に育ち大きくなるがドブ貝は難しい
そのドブ貝も10年以上掛かったが越冬飼育に成功した。

人類は機械も生物もいまや、ある程度までは思い通りにする事は可能になった。
商人は心理学者と言っていいが唯一思い通りにいかないものは人で上手く行けば妬みを買い 失敗すれば同情を買う。
どうすりゃ~いいのだと思うが
この歳になってやっと人は自分の思い通りにしようとしてはイケない領域なのだと思うようになった。
どうも政治家連中や指導者達を見ると人を機械や作物並みに思い通りにしようと思ってるではないかと思う時がある。
ド田舎でさえこの状態なのだオリンピックなどやったら何が起きるかわからん

すっぱい, しょっぱい、しっぱい、

俺は酒一辺倒でビールはまったく呑まないが最近数杯呑んでみた結構いけるぞ~
頭も悪いので何をしても器用に両立と言う事が出来ないで何かひとつに賭けて来たがそろそろ切替時期が来た。

最近のニュースでオリンピック中止がドッタラコッタラ言ってるが誰かの関係ない者の命を賭けてまでやる事ではない
中止した場合は違約金がドッタラコッタラ言ってるが
この状態でIOCとやらが違約金をもし盗ったら今後オリンピックに手を上げる国など出て来る筈はなくオリンピックが成り立たなくなるだろう。
寝技はオリャっと返した時点で裏と表が逆になるだけ
オリンピック中止を言わんのはIOCでなく政権の身内の財布が困るからなのだろうと思うのだが
苦労の無い性格の悪い親方を持つと下は惨めな思いをする。

宮本武蔵は負けた事が無いそうだが逆を言えば負ける相手と闘わない事が勝ち長生きする為の一番の秘訣になるが
どうしても喧嘩になったら自分を知り相手を知る事が大事になってゆく事を孫子は言っている。
若いガキの頃は感情に任せて喧嘩になったが 其の内にそれでは身体が持たんくなって喧嘩の仕方を少しは考える様になり
喧嘩に勝ちたければ一般常識や多くの人達が持つであろう一般的な感情を持つ事だと思う様になった。
回りが見えなくなった時点で負けるのだ。

航空機を新潟に緊急着陸させたニイチャンも自分がコロナになるのは構わんが
自分からよそ様に移す危険を回避したいと言う思いがあったならマスクはすべきで
よそ様に迷惑を掛けるなと言う一般常識が欠けてる部分で裁判が喧嘩ならすでに勝敗は付いている。
どんな業界でも専門職になると言う事は一般大衆を一歩超える事になり紙一重で一般常識から乖離する恐れがあるのだ。
そうならない為には一歩前に進む事はやり過ぎで政治家も商人(あきんど)も皆と肩を組んで半歩前に出て地雷を先に踏んでやる気概が無い連中はさっさと自滅してしまえと最近トラブル続きで思っている。


最近漁師のアニ~から連日タコを貰っている。
タコで一番美味いのは
トンビコを生で薄く切ってしゃぶしゃぶで食うのが一番美味いが浜の漁師と肩を組んだん者の特権なのだ。
よく動く処は美味い
アコギな真似するとこの特権すら失う。

2008年に行った岩手阿子木
ちなみにアコギな奴の場合は阿漕と書く

困った時や喧嘩に勝ちたかったら一般常識を身に着ける事
一般大衆に支持されん者は喧嘩には勝てん
ここ数日はつくづくそう思う。
suppai,  syoppai,  sippai, スリーS

新情悶時代パート3

パート2の動画のオヤジは間違えなく職業漁師である。
なぜかと言うと終わりの方で魚を網カゴに入れているがこれはエビやカニなどのカゴ漁を行う際のエサになる。
他の桟橋にはそのカゴがチラッと見てる。
職業漁師としては漁獲量も随分ノンビリした漁師と言えるし
船も26フィート程度あるが漁師の船としては日本では考えられない使い勝手の悪い構造をしてるし
僅かな漁で生計が立つ事が不思議
この動画の漁師は想像するには何処かの水産業に携わっていて定年後に趣味と実益を兼ねて漁業をしていると思われる。
ノルウェーは養殖漁業が盛んで回転寿司のサーモンはノルウェーから来てる。
地形的にも海に面してる部分が多いのも日本に似ているが
漁漁者の生活は天と地ほどの差があるらしい
それは嫁さんと思われる人の着衣や容姿が日本の漁師のおっかさんとは全然違う。
日本の浜では26フィート程度の漁家のオッカサンは網外しをし子供はリヤカーを引いている。
市場に魚を出し終えると今度は加工場か何処かにパートに出掛ける。
この辺の浜の人にはとてもでないが動画に出て来る姉さんの様な感じの人はいない
一つには年貢を取り立てる為に遊んでる事を許さない弥生文化の国民性かも知れないし
仕事しか人生を楽しめない様に躾けられてるのかも知れない


釧路港にイワシ巻き網船団が全国から集結

寒い処に住む者は身体が大きくなるのは生物学上当然の事で北方民族はガタイが大きいが
北海道は江戸後期や明治維新の動乱によって全国各地の集まりなので体格は一定しないが流出はあっても流入は少ない東北にゆくと吉幾三や千昌夫の様なガッシリしたガタイの人が多くいて女性もタッパがある人が多い
北海道ではおよそ700年前に突如消えた北方民族のオホーツク人が居たらしいがガタイがよかったらしい

「オホーツクミュージアムえさし」前に立つ消えたオホーツク人
展示物は改装前のほうが面白かった博物館も水族館もなぜかリニューアルオープンすると暫く面白くない

なんでだろう歴史的には結構アコギな事を繰返して来たのに白色北方民族は何をしても様になってるように見えるのだ。
人類はエジプトのナンチャラ川の傍で生まれたらしいが360万年の何か俺の遺伝子の中にコーカソイドに支配されたり恨みつらみでもあるのだろうか
もうコーカソイドは放っておいて独自の道を歩まんとイカンと思うのだが・・・・・・
このゆっくり走る両方が船首の船が欲しい
銭が無いので密かに似た物を作ったろうかと思い始めてる。
イカン

新情悶時代パート2

俺は今迄、村とか大字とか字とかに憧れがあったが紀伊半島に行ってからは
崖下村は村にもならんほど恵まれている事に気付いた。
この田舎にもコロナがヒタヒタト押し寄せてるが
ここも情報が先走って情報に悶々とする新情悶時代パート2

資本主義も金融経済が身体を張って働く実体経済を押しのけて利益のみを追求する事で貧困国をいい風に使い捨てし続けて限界に来ているが一方民主主義もどこの国の指導者も自分の既得権益を守る事に必死で庶民の事などなんとも思っていない
だがそれでも選挙で選ばれた連中なのだ。
現在のガザで子供達も含めて空爆をしてしまうネタニヤフも選挙で選ばれてるが、
一般人を殺戮する事がイスラエルの民意を表してると限らんのだ。
少なくとも日本では公正な選挙は行われてるだろうが
それは自分達が勝つように仕組まれて、それでも負けそうになると選挙制度まで変えてしまう。
この状態では民主主義が機能してるとは言えなく民主主義の限界が来ていると言うか破壊行為に近いが
それは皆が目の前のニンジンに飛び付いた結果なのだ。
もう目の前のニンジンに飛び付く事は止めなければならない
その為には日々の暮らしの見直しが必要で
本当に大事にするものは何なのか、なんの為に手を油で汚し仕事をするのかを考え直さなければならない
一番手っ取り早い方法は今ある物を使い倒す
自分の手で直せる物は直す
修理工人生が半世紀を超えた俺が思うのは故障する時期は一定期間に集中し
その期間を過ぎると不思議な事に故障しなくなる。
一つには構造や弱点を知る事で対処方法を覚えるからかも知れない


この動画はノルウェーだと思うが首都オスロは北緯59度56分にある。
崖下村が北緯43度51分で稚内市が北緯45度31分なので遥か北にあり相当寒い
この動画のオヤジが使っている船は北欧では大昔からよくある船型で狭いフィヨルドに挟まってもすぐ着岸離岸出来る様に両方が船首になってる。
エンジンは音からすると単気筒ジーゼルだが日本では
あおもり北のまほろば歴史館にゆくとやっと見られるエンジンなのだ。
青森まほろば、だょ、まほろば
それを動かし漁が出来るそれには自分の手で治すからこそ維持できるのだ。
ノルウェーは北海道とほぼ同じ人口だが周辺の家々を見ても日本の海岸沿いによくある黄昏た傾いた家ではない
可処分所得の高さと生活に信念が感じられるのだ。
クソ寒い極寒の北緯59度でなんでこうも生活レベルが違うのか不思議でしょうがない
王国だからなのか
北欧でバイキングと言えばメシ屋でなく海賊だが昔相当儲けたのだろうか
さらに傍に居る姉さんが娘か嫁か非常に気になるのである。

さらにさらに回りの船外機はスズキ製やりすぎだと思う。
急激な変化の行きつく先は、、、、、、、

新情悶時代

2年間で45000キロ乗ったキャリーの初めての車検が来た。
忙しくて延び延びになっていたがよいよ期日が迫って来たのでこの後ろの箱を降ろして元の状態に戻す。

箱を降ろして外していたガラスを戻す キャリーの後ろガラスは通常の軽より大きくこの窓から後ろの箱に出入りが出来る様になっていて寝る時は運転席の下に足を入れて寝た。
このガラスを嵌めるのは何十年振りでやったがすっかり忘れていて割らない様に悩みに悩んで3時間掛かってやっとこさ終了。
一時は面倒臭いのでエブリーでも買うかと思ったが2台持つ事は経済的に贅沢と思い留まる事に

復元完了

コロナになって毎日毎日経済が経済がと五月蠅いが
もう宇宙船地球号の経済はコロナでなくともすでに破綻しているのだ。
いまパレスチナ自治区ガザで戦闘を行っているイスラエルはWW2で酷い目に遭っている筈なのだが既得権益を守る為に自治区の子供達を殺戮する。
既得権益の多くは経済活動が基本になっている。

アイアンサイトの先に子供が見えても経済優先でトリガーを引かせる指導者達や政治家はバカなのか無能なのか一生掛かっても使い切れない金の亡者なのか
日本では経済が優先してオリンピックも波及効果経済がドッタラコッタラと命より経済と言う。
命より大事な経済などあるはずはないのにまことしやかに経済が命より大事と庶民にすら言わせる。
それは一般庶民の命で利益を手にする者達の命ではない

若かりし頃にコンマ何秒を争って来た経験則だが10秒を縮める事は簡単に出来るが最後の0.1秒を縮める事は中々出来ない
逆を言えば0.1秒を諦める余裕を持たせる事で何倍もの余裕が出来る。
それは今の自分の生活レベルをコンマ1下げるだけで何倍もの余裕を生む事も可能なのだ。
普通車が欲しいと思ったら軽にする事で財布に随分余裕が出来る。
そんな事をされては経済がドッタラコッタラと言われそうだが
銭も有り過ぎると狙われるので適度な財布の余裕は心の余裕も生む
心の余裕は今迄見過ごして来たモノが見えて来る。
誰かを泣かせる資本主義消費経済優先はもう終わった。
経済が停滞し銭が足りないなら財布に合わせて買う、
自分の手で作る、直して使う、悶々と悩み知恵も頭も使う。
そこに生産者の苦労もわかる人様の苦労が分かれば情も沸く

自分の手を使う人が評価される時代が縄文時代の様に再び来たのだ。
名付けて新情悶時代と

メシの数と恩義

おら~別に国粋主義でも右翼でも左翼でもなんでもないが
国は一次産業で成り立っている。
工業製品もそもそもは一次産業を支える為に作られて来た。


朝3時、目の前の浜ではホタテ稚貝出しが始まった。
ここで生産された3センチ程度のホタテの稚貝をオホーツク海に大型トレーラーで運び再度海にばら蒔き成貝にする。
稚貝は海から上げたら如何に早くここから約200キロあるオホーツクの海に戻すかで生存率が変わってゆきそれは漁業関係者や地域の生活に直結する。
追い越し車線をチンタラ走るな!

ここ数日若い漁師がなんとか漁を再開出来る様にとアチコチの漁師が使える物があったら使えと言う。
持ってきて使えそうな物を仕分けをしている。
同業だから先も見える苦労もわかる、これが一般者と漁業者が同じ場面に遭遇した時の違いなのだ。
見た事もない利害関係者でもない者が相手をSMナンチャラで袋叩きにするのは素人だからこそ
顔が見えないからこその責任を取ろうとしないで思い付きでモノを言う。
修理でも全くの素人が傍で見ていてアッタラコッタラ言う奴がいる。
それだけクッチャべっるならテメ~が手を汚してヤレ~とスパナを投げたくなる。

ネット社会になって誰でも簡単に字面で知った気になり なんでも言える状態になったが
これが個人が自分のバカを世間にさらけ出してるうちはいいが
最近では大組織でもその状態が起きて上司にネットで知った何か目新しい事をクッチャべって見ようとし
大した知見も矜持も持ち合わせていないアホで無責任でバカな上司も社長もそれに乗って行く
それがアホな取り巻きを持った一国のアホな責任者の言動に繋がっていく
それは今や巨大化したメーカーや組織にも及び末端現場は虚しさしか残らん

商人(あきんど)は儲けを第一に考えるがそれは自分を信じる者をいかに沢山持つかに尽きる。信じる者と書いて儲けと言う。
誰のおかげで大きくなったのか
それは地域に暮らす海や農地や工場の末端現場で働く人達なのだ
恩義を忘れずに自分が大きくなったら返してゆく支えてゆく
それを忘れた者には明日はない
スギ薬局しかりSナンチャラメーカーしかりガースーしかりと
今週と来週は頭文字にSが付く奴を見ると回し蹴りをしたくなる。
なにがグローバルナンチャラだ虚しい

メシの数

ここに来て約27年ほどになり引いて来た船も二桁になるが
同じ海の事でもレジャーと漁師ではその場に居合わせた者の対応は違う。
レジャーの場合は全く関係ない、その場に居合わせたと言うだけで
何か自分に不都合が起きたとか不利益が無くとも関係なく第一当事者を責める傾向にある。
ただ野次馬として見ていただけなのにやっと戻った者を責める これは酷いなと思う事も多々あった。
その様は現在のSMナンチャラ言う物で見た事もない相手を袋叩きにする様に似ている。

ここがドコモ携帯の電波圏外の頃ある船が途切れ途切れの連絡で帰港出来ないと連絡が入った。
そこから見える景色で緯度経度とおよその場所を特定し万が一失敗した時
当時の俺のボートは2サイクル175馬力で燃費は時間60リッターなので航続時間は2時間で捜索を終了しないと自分自身が帰港出来ない為に待機のバックアップ要員とバックアップ船の手配をして出航した。
揺れる小型のボート上では双眼鏡はほぼ役に立たないのが普通なので海上で裸眼で見え識別出来る範囲はおよそ2海里が限度なのだが
バッテリー電源喪失 の場合は現在位置特定のGPSも使えずさらにボートが海上に出れる海況の時は回りに結構な数のボートが居る為に要救助ボートの確認を中々取る事は出来ない
その為にすぐ傍に居るにも関わらず時間が掛かる事はよくある。
そうしてなんとか牽引して帰港し戻っても野次馬が皆に心配掛けてなんの詫びもないと言い出す奴がいた。
拡声器でも使い
「 え~この度は~皆様におかれましては~お日柄もよく~ 」
とでも怒鳴れば気が済むのだろうかと思ってしまった。
それは心配はしたかも知れんが陸に足を付けてる奴がなに一つ手助けする訳でもない逆に誤情報で振り回し足を引っ張る場合もある。

漁師はそんな時は紙一重で明日は我が身と実感する。
ある者は自分の船から缶コーヒーを持って来て飲めと差し出す
タオルを差し出す者や無事を確かめその場を黙って去る者


文中には全然関係ないイカを追掛けて船で生活しながら全国を回るイカ船

本当に命が掛かった時は一秒がゆっくり動きその様は粉々に砕け散るガラスの破片すら一枚一枚が数えれるかの様にスローモーションで動き
過ぎ去った時間が走馬灯の様に脳裏を駆け巡る。

「お.も.て.な.し」も「ボランティア」も一円でも受け取ればそれは業なのだ。
業には採算分岐点がある。
現場も状況も今後の事も熟知した仲間に手弁当持ち出しでも探して貰えるか助けて貰えるか
自分の命を守るのは結局は今迄どう生きて来たかと星の数よりメシの数なのだ。