ハレ~

「 トンネルを抜けるとそこは雪国だった 」と書いたのは東から西に行った川端康成 
「 トンネルを抜けるとビックリするような晴れた大空晴天だった 」と言ったのは西から東に行った田中角栄
住んでる場所の天候は気分や性格や生活に与える影響はかなりのものがあると思うのだが
サライェヴォ事件など世界の紛争の端緒になった日の天候はどんな日だったのだろうか
東北はかれこれ15年以上、北海道は3年掛かって回ったがほんと西海岸は全体的にすだれが掛かっている。それは天候による処が大きいのではないかと思う。

日曜日は久し振りに晴れて気分も良かったので川に行ってホースの点検に行って来た。

数年前まで凍結する事が無かった40Aのホースが今年はとうとう凍結して春まで水が出なかった。
大きな原因は汽車が通らなくなって横に雪を飛ばさない為に川のカルバートが露出したままになっている。中を風が走る為に凍結する事が分かった廃線がこんな処にも影響してるのだ。


川のホースを掘り起して又掘り起こしてさらに掘り起こして

とうとう水を出した どうでもいい事に身体を使ってるのが一番楽しい40のパイプが太い為にヨコエビの遡上が始まると大量のヨコエビがそのまま水槽まで流れてきて水槽の魚のエサになっている。

冬山の仕事を辞めたが一台だけ残して置いたスノーモービルで線路を行ったり来たり キャタは54リンクだがパワーが無いのですぐ埋まる。このまま線路を走り町まで行って買い物も出来るのだが


崖の下に小さな祠があるきっと縄文人でも住んでいたかも知れないなといつも思うのだが何か恐いんでよくよく覗いた事は無い


思いっ切り身体を使ったら腹減った 
年前にガスコンロに電池が入ってる事を長い人生で初めて知った 
以前のガスコンロの火の付が悪くなったので寿命かと思いオリャ~とコンロを雪の中のスクラップ置き場に捨ててしまったが投げた瞬間に電池がポロッと落ちて初めて電池が入ってる事に気付いたが時はすでに遅しでゴトクが雪の中でなんぼ探して見つからない 
仕方ないので一度は捨てたコンロに電池を新しく入れて煉瓦を積んで使っていたが エキゾチックな綺麗なお姉さんにガスコンロを使わないのでと貰った。
大好きなシラタキにヒメジと豆腐そこにモヤシにブラジル産の鳥を掘り込んで晩飯に
1人者で困るのは一回に作る量が多すぎ最後は飽きてしまい捨てる事になったりするが小分けにして作ると今度は食材があまりやはり捨てる事がある。
だが最近独身で一人者でよかったとつくづく思うこの頃なのである。

イエスさま~

1ドルと112円の変換はすぐわかるでは100円は何ドルこれが瞬時に出来て さすがに今はないと思うが貫とキロの変換、ポンドとキロの変換を瞬時に出来る位の頭がないと悪事では大成はしない
ついでにガラスの心が無いと下は付いてはこない
ハッキリ言えば無神経なドン臭い奴には誰も付いてはいかない ましてや多少の危険が伴う場合は特になのだ。
それだけに一般的に悪い奴と言われる奴は繊細な奴が多く 些細な事で傷つき自分を見失う。
買物をして店を出た途端に店員に戸を閉められ 北海道では外が寒い為に玄関の戸は早く閉めようとする事はよくある事なのだが
『 俺が閉めるより早く閉めやがった俺のようなハミ出し者は早く帰れと言うんか 』
と落ち込む奴がいた。 
ほんの些細な事で傷つく奴はそこは安住の地でない事を知り、
結局は元の鞘が安息の場所であると思い古い電話帳を探す
これが再犯の一つの理由になってる気がしてならない
防ぐには限度はあるがどんな奴でも認めてやる事と
『 ありがとう 』の言葉を掛けてやる事が世の中を明るくする事になるような気がしてならないのだ。
寒さに強い北緯43度野良犬仕様の俺はどんなに寒くても戸を先に閉める事は無い。

先週月曜日は仕事をさぼってここに行ってきた。
金曜日には逢った事はないが塩竈のイエス様の知合いから直接電話を貰った。

聖書ヨハネ福音書8章7節の「 罪無き者のみ石を持て打て 」
などと言って来週あたりには改宗してるかも人様を責め続ける事など出来る奴はどこに居るだ~

気まぐれ小心者のラーメン屋しばし休業

何がどうなってるのか昨年より少し多メの税金を納める事になった。
これ以上数字を見続けると発狂するか失明するかもしれんのでハンを押して終了。
次の決算は5月か~頭が本当に痛くなるのだ。

俺は週に二日でそれも暖かい時期しかしないので年におよそ60日程度しかラーメンを作らないし店に立つのは人任せなので専業でされてる方から見ると俺がラーメンを語るのはおかしいと思うのだが勝手に言わせて貰えば
 元々ラーメンは貧乏人が食う食べ物だと思う。その為には時給より高いラーメンなどはラーメンとは言えない 子供と3人で食ったらどんな事になるのだ。
甘い物も食えない甘味と言えばスイカを煮詰めて作ったスイカ蜜かコクワかクローバー
そんな貧乏村から親子で町に出掛けて映画か電気屋のショーウインド越しにテレビを見て帰りにラーメンを食って帰るのが貧乏人一家の唯一の楽しみだったのだ。
安くて栄養があって美味いのがラーメンなのだ。
最近心が折れてしまった。
こんな状態でラーメン屋を開店する事は今も一生懸命やってるラーメン屋の人達に失礼だと思うのでしばらく休業しようと思う。
気が晴れたら再開 それは明日かも知れない ひと月後かも知れないが殆どの悩みは人の間にあるが解決して呉れるのも人の間 どうせならほっとするような人に逢ってみたい
かき混ぜていいのは寸胴の中だけ


そんな中でも新しい道具を使ってみたギョウザ業界では元々あった物を和歌山県新宮から送って貰い
下手なポンチ絵を描いて留萌の旧松田鉄工に持って行き改良して使ってみたがまだまだ改良の余地がある酒粕を絞る道具を参考にしたのだが国稀に行って実物を見てこよう。
夜中に熱くて熱くて仕方なかった作業から かなり解放されてるが又の再開の為にもっといい方法を考えよう。
などと夜な夜な考えていたらスープがこんな量になってシマッタ
80~90人分どするべ~ 相変わらず加減というものが無い事に気付いた。

今日のメシも来年のメシも確保出来て銭に余裕が出来ると他人様の事が気になりだすのか 
下に立つ者があって上がある 上に立ち給料が上がった分は子方達に祝い事だなんだかんだと何かに付けて還元するのが上に立つ者の器量だと思うのだが
そんなに自分に関係ない者を追い詰める事が成熟した社会の在り方なのか
俺にはそうは思えない
 
ラーメン屋には清濁併せ呑む器量の大きさがあり食えなくなったらラーメン屋をやるといいと思うし愛想もそんなにいらん器用に生きれない連中の
最後の砦がラーメン屋だと思うのだが

275から40号線に

元泥棒も元ヤクザも使ったが大概の場合は悪い奴らでもクズでも社会に戻って来る 
なら罰を与えるより更生して貰った方が世間の安全の為にもいいし世間の為にもなる。
今は財政的にも体力的にも無理だが使う基準は素手で喧嘩して勝てるかどうかが基準になっていた。
今の俺に出来る事は将来は決して暗いとは限らんと元気に稼いで楽しく暮らす姿を見せる事に尽きる。
それが俺を応援し支えてくれた人達に今返せる恩返し

また坊主山連山裏は上記念別か随分昔になるが裏から登って幌加内を見た時は驚いた。
初めての山に登る楽しみは思わぬ町や村が見えるのが楽しい


目的地に到着 長野記念碑でもあったらカジリ付いて少しでも近づきたいと思ったが記念碑は雪でよくわからんかった。
4月1日まで冬期間は閉鎖 コソ泥のように隙間から中を見た。


峠のホーム 初めてこのホームを見て何をグズグズ言ってるのかと思った。
10人失敗しても一人でも当たれば頭の悪い俺にしては上出来と思わんといかん 人間はどうしても悪い方に気を取られ用心して構えてしまうが下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる 
それでもダメならマシンガンで撃ちまくれ
それが俺のやり方だ


カメラのシャッターが開かん 北海道最後の山師と言われた造材の安斉源治さんが住んで居た。
貰った山桜は毎年咲いています。
 パッコンパッコンと叩いて直した言っても聞かん奴はパッコンと叩け
 

蘭留 営業中のノボリ発見喫茶店かとズンズンと進むが体育施設らしいオヤジと暫し立ち話をした。またいつかきっとどこかで逢うだろうと思う人だった。


この山と峠を幾つか超えると海が見える。

すぐカッとなるが何時までもグズグズ言ってるのは俺らしくない 
帰ろう帰って税金の申告にゆこう 

275

石原元都知事のどこがマズイかと言ったらハンコを押す者の責任を感じていないのか逃げてるのか 
どちらか知らんが自覚が無いのがおかしい
自営業と勤め人の大きな違いは自分の箱の中で起こった事はすべてがトップの責任になり腹切るか無一文になるか何らかの形で責任を取らなければならない
それが嫌ならそのシノギから足を洗わなければならない
その為におかしな事をしそうな奴は首を切るなど人事権はトップにあり誰にも侵される事はない
俺は女子供に手を出す奴以外なら泥棒だろうがヤクザだろうが来る者なら誰でも使う
そこに自分には一切実害は無いのに風聞だけで四の五の口を挟む者は許さない
それは俺が貧乏も暴力も経験したクズだったからクズの気持ちはよく分かるし残る少ない人生は退く訳にはいかない。

仕事をさぼって275に

ここは何年も看板が上がってる 
例え包丁一本でも切れなければ研ぎ直す それが責任の取り方でその者だけが看板を上げ続けメシを食う事を許される。


左手に坊主山が見える。山は登るのは楽で頂上は一つだが降りる道は沢山あり迷う。

俺はイエス様じゃないので右の頬を叩かれたらハイそうですかと左の頬は出さん 代わりに相手の頬を思いっ切り叩いてやる。
ただ自分からは滅多に手を出す事は昔から無かったし そのかわり内に溜め一気に出すので性格が悪いと言ったら悪いかもしれない
ここ数週間は溜まりに溜り悪い癖で銭金でないぞとなってゆく
自分がどこかにゆくか相手を〆るか極端な事しか考えない性格が災いして 
これがなければ半世紀もまっしぐらに稼いだので13畳一間で暮らさんでも御殿も建ったものを

ラーメンばかり食ったのでソバでも食ってみるかと
ここは美味いんだな~ 美味い 車には2~3日は泊まれるだけの装備もあるし帰る気がしなくなった。
食いながらふっとここから近いハズと思い道を尋ねると古いからと地図に道順を書いて地図ごとくれた。
こんなラーメンを作ってみたい 

しかし道って人生そのもの登りもあれば下りもあり 人が来ようが来なかろうが赤になれば止まらんならん 前からはみ出し車が来たら違反車だろうがよけんならん

探しても求めても無いものは無い

俺は変った少ない名前の人は金持ちだと思い込む癖がある。
なぜか知らんがありきたりの齊藤などにはあまり金持ちはいない 
さらに修理工が長いので故障には必ず理由があり原因がありそれを何とかせんとまた繰り返される。

森友学園をみる時にやり方が間違えである事は万人が認めると思うが
どんな教育をいつ頃から受けたら こんなに世の中を舐めきった事が出来るのかと思うと
育ち方に問題があったと思う。 
それは誰の責任で端緒はいつ頃から始まったのか塚本学園は1950年に開園となっているから終戦の5年後に開園と言う事になる。
まだ戦争の傷が癒えずにバカな事をやってしまったなと皆が思ってる時期だと思う。
そうなると現在のような教育勅語などを叫ばせるような教育はおそらくしていなかったと考えるのが妥当と思うのだが
ではいつ頃からだろうか そして誰が始めたのか 
最初に始めたのは現在の理事長夫妻で年は若くおよそ50代後半と思うが
育ちに問題があってどこかに人生のプライマリーバランスが取れていなかったのだと思う
キーマンは顔を出す事のない創設者の娘で手にしたいものと手に入れる事が出来るものは違うと言う事を理解出来ていないのだろう。

どんなに頑張っても絶対に手にする事が出来ないものはこの世に沢山あり
それに気付かずにいると無理に無理を重ね人生のプライマリーバランスが崩れる。
得たものは誰かに戻して棺桶に入るのは正しい生き方だと早くに気付いた者が穏やかな人生を送る事を許される。
言動ややってる事をみて勝手に想像するに常に手に届かない上を目指す事を要求され続けた幼少期や現在があったように見える。


上野博物館 ゼロ戦のエンジンは日本中にあり若い搭乗員はほぼ間違えなくクタバッテいる。
乗っていた搭乗員の声が思いが聞けるなら
戦争など政治の最大の失敗でそんなバカな事は止めておけと言うだろう。

三沢航空博物館に行った時に見た十和田湖から引揚げた双発練習機の実機の画像を探したが無い
生々しい壊れた実機に乗っていたであろう年端もいかん十代の訓練生はどこに行ったと思ったら
あまりも悲しくて写真を撮る事も出来なくて写真を撮っていない事を今思い出した。

教育勅語をいいように利用し子供達を利用した罪は重いしそれは褒め上げた連中も同罪で
そんな通常では考えられない事をする動機は
脳味噌の重量からくる劣等感なのか
時を遡る事など出来ない由緒正しい没落した家系ゆえか
世が世ならそこに居るはずだった貴顕社会の出なのか
たいした教育者でもなさそうなのに教育勅語を持ちだすなど何がそうさせているのか過ぎ去った時を利用する者達の可哀想な犠牲者なのか

田舎暮らしのすすめ

世の中を舐めきった森友学園の姿は自分の姿を見るようで反省してしまった。
一時(いっとき)はどんなヒキョウな手を使ってもよければ争いや喧嘩で負ける事などないと思い込んでいたし窮地に陥るのは自分の次の為にあるとすら思っていて もし無政府状態になれば結構稼いでしまう方だと思う。
逆を言えば政府や法律は力の無い者を助け強き者のやり過ぎを抑える為にあると言っていいと思うのだが
現在の大企業重視の政策を取る首相も政府も何もわからん子供に叫ばせるのが気持ち悪いと思わんなど
安倍晋三記念小学校などは出るべくして出た身からの錆びなのだ。
こうすれば時の権力者は簡単に喜ぶと思って計算付くでして、
すべては自分の為に自分はどんなにしても手にする事の出来ない無いものを補う為にしてるのだ。
本当にそれがたった一度しかない人生の幸せなのだろうか
もっと何かあるのではないかと思うのだが俺も現在に至るまでそれが何なのかハッキリとはわからん

トレーラーは狭い処から出すには前進よりバックの方が楽なのだが両サイドに30センチの隙間さえあったら大概の場合はバック出来るし所定の位置に掘り込む自信があったし除雪機など数センチ刻みで操作しどんなに高くても二段切り三段切で進めない場所など無かった。
そんな調子こいた自分がその世の中を舐めきった態度がいつかはジエンドになると思っていたのだが
最近小さなステックレバーで操作する中除雪機を操作していて間違えてスイッチ動かしてシマッタ
まさかと思って同じ状態とスピードをやってみるとまた何度か同じミスをした。
よいよ天下晴れて何も考えずに遊んで歩いていい時期が来た事を思い知る。
森友学園の理事長は背伸びして背伸びしてきっと今まで辛かっただろうと思う。
この日が来る事はどこかで覚悟はしていただろう。
覚悟した素人が怖いのは自明の理 それをよくわかってるので参考人には呼ばんのかな?

富良野25線共進地区に行って来た。
土地の広さに対して農家が多いと感じた。
農家は土地にしがみ付き棲むしか食ってゆく手段は無い 
そこに他人が住む事は田分け状態になる為に警戒されるのは当然で自然な防御本能なのだ。
その点は浜はヤン衆から始まり誰でも受け入れてくれる要素はある。
田舎暮らしの秘訣は八分の満足、二分の油断がいいかと

罪人よ さ~さ~ みんな吐いて食い改めて楽になり田舎でミニトマトか千本ネギでも作って暮らしましょう~
天は二物を与えず~ラ~メン 本日も世の中を舐めきったブログでした。

もうすぐ春が来る。

takakenさんお久しぶりです。
修理工をやってると相談事ばかりで
壊れたから直そうか買替えか廃棄かどうしようか替えるにどんな機種にしようか
同業者の後輩や商売やってる人からは儲からないなどと結構相談事が多いのです。
修理屋は直した物の説明と故障の再現が出来て一人前で どう説明をしようかと考えてるのが復習になり次に繋がると思うのです。 
相談する側にもある程度の要点を押さえて来る事も必要なので
相談をする側も相談をされる側もお互いが一歩上にあがる場に近づいたと言っていいかと思うのですが

厳しい冬の経験があっての北国の人はタンポポですら踏んだりはしない

崖下村の話は誰も結果は求めていなく下手に結果を出さないのが肝要で
CIAかKGB並みの情報をどこでどう集めて来るのかさらに敵の敵は見方状態で
下手にうんうんと相槌を打つと「 シャチョ~はそうだそうだと言ったょ! 」
などと言いたりとホント面倒で罠にハマると津軽海峡冬景色になる事間違いないのですが
まったく無視すると漬け物や魚抱えて凍りすべる雪道を行ったり来たり
マキを焚いてるので煙突から煙が出ると 
「 や~や~来年も除雪機使えるべか~ 」から始まり
毎度なんとかチャンはホント困った女なんだ~とか半世紀も前の話を聞かせに来たりと
田舎暮らしもやや四半世紀になるといい加減にどうでもよく適当に暮らすのが健康の為一番いいかと思うこの頃なのです。

占い師でもないからいつ壊れるかそんな事わかる訳ないべ~し 半世紀も前の誰それの話など俺には関係ないと
日々まったり流れる中にもデンジャラスな罠が待ち構える楽しい田舎暮らしなのです。


もすぐ桜が咲く またいつか散策に行きたい岐阜輪之内 

土日開店

近くにあったおよそ300~350キロ程度のエンジンがアイドリングで楽しょに持ちあがる。
油圧の場合は一度決めた設定で使うしかなく馬力が足りないと言って人間や馬のようにムチを入れたりエンジンの回転を上げても持ちあがる事は無い 
設定範囲を超えると上がるか上がらないかしかないがワイヤー巻き取りはクレーンの側で減速してるので設定を超えて持ちあがる為に倒壊やブームの折れなどの事故が起きる。
その事故を防ぐ為に安全率というものを国が法律で定めているが  問題は国によって定めてる率が違ったり、まったく定めが無い国もある為に厳しい日本の基準で考えて輸入品を使うと破損したり下敷になったりしてジエンドになったりする。
設定よりエンジン馬力が少ない場合はエンジンがエンストして止まるのでまだいいが
エンジンに余裕がある場合は破壊に繋がるのでエンジンは馬力が少ない方が全体としては故障も少なく長持がする。
昔はフレームはエンジンより早くと言うが除雪機も車も今は馬力ばかりが目安にされる。

ブームを起こす場合はブームの重量を動かす事に馬力が食われる為に限界を超えると最初から起きる事は無く 安全を確保されるその為に地切(じぎり)と言う確認を肌で感じなければならない 
俺には出来ないがそれは言葉を超えた一流の職人技になってゆく
数々の現場で働く人を見て来たが一流とは言葉を超えた先にあるような気がしてならないのだ 絶えず揺れる海の上でさらに揺れるワイヤーの先でのクレーン作業などは言葉では絶対に伝わる事の無い阿吽の世界があり
星野哲郎の俺の目を見ろなんにも言うな 
などと言う言葉を超えた言葉では伝わらない現場作業

現場でのキツイ言葉の先には弁当と痛いのは自分持ちと言う。 
さらに一人の失敗は仲間全体の命を危険にさらすのだ。 

段々よくなる法華の太鼓で明日からまた昔は娘だったパートのおばさんとラーメン屋開店
『 ヤ~チャン~わたし~髪きったの~ 』
テメら~~グタグタいつまでも言ってないで黙ってネギ切れ~などと思っても言えないが 
現場でしか生きれなかった俺のラーメン屋土日開店

三誉さんに逢いて~

油圧ポンプ

 
下手に売ったら故障した時にクレームがくるので売らずに置いたヤマハ5馬力除雪機を何かに利用できないかしばし眺めて思いついた。


エンジンだけ外し6インチのチャンネルの上に固定して油圧ポンプを付けてユニッククレーンの油圧を駆動をさせる事に

75キロの物を一秒で一メーター持ち上げると一馬力 3トンの船を一メータ持ち上げるのに10秒掛かって良ければ4馬力あればユニックが駆動する計算になるハズ?
失敗こいても自分の物なので作ってみた。


全部倉庫に転がっていた物を集めて組んだ 今どき東南アジアの奥地でももっといい物を作るがタダで出来たし ま~動けばいいや~
エンジンはヤマハの除雪機5馬力 二分の一減速左回り 一次減速プーリーはホンダ除雪機のプーリー 二次減速プーリーはヤマハとホンダのプーリー 軸受はEZトレーラーのハンガーに穴を開けてベアリングホルダーを組んだ。
国産はメーカーは違ってもすべてISO、JIS規格なので合う事が多い。
現在は分からないがつい最近までイギリスやアメリカは世界基準から外れたインチなので工具の基準も違い そこらにある工具では直す事は出来ない為にアメリカ車は工具を揃える必要がある。
インチは錆びても外し易いと言う利点もあるが逆を言えば緩みやすいので注意が必要になり航空機などにはインチ荒ネジは使われる事はない
アメリカがいつまでも我を通した結果が世界から置いていかれ現在にいたる。
資本主義が発達したアメリカは考える人と資本家が別でいい物には資本家も金を出す事もあったが資本家受けのする物を考え出す傾向が早くからあり
日本の三つ又ソケットのような一般大衆に向けた製品と言うのとは最初がかなり違う
三つ又ソケット,トランプ大統領は知らない 


いつかタカミと一緒に見ようと言った成田航空博物館 DC10
空に陸、大小使い方問わずエンジンは完成域に達すると国は違っても大体同じような型になり美しい

秋葉原交通博物館 フランス ル、ローン

5馬力エンジンの最終減速比は1/11に油圧の場合は惰性というものが無いのでまんまそのまんで計算は割と簡単
あとはベルトロスのみで3トン程度の物であれば簡単に持ちあがる計算になるハズ

思案に一月 完成に二日間 明日は一トン位の重量物を持ち上げて試運転