先月からトラブルを抱えてこのままでは行き付く処までゆくのではないかと思う事があって気分転換の為に大都会に行って来た。
開演時間 9時15分に合わせてここを車で出て2時間半ほどで映画館に着く
場所は狸小路6丁目にあり上映は11時半頃には終わるので大好物の天丼を食って帰ろうかと予定をして雪駄にダボシャツで大都会をズンズンと進む
上映時間は137分と映画としては長いがこの問題を扱うには短いと思わせた。
感想は下地に韓国併合と被差別部落出身者が絡んで淡々と伏線が続き結末へと向かう
よく出来た映画で(よく出来たと言うのはこの場合は褒め言葉ではない)
記録映画ではないので割り引いて見る事が必要と思うが日本でこう言う事があったと知らせる事には良かった。
B館は100席あるが8割ほどの入り客だった。
北海道には被差別部落問題は見聞きする事はないので実感はないと思うが
昭和38年当時の愛知県では見聞きする事は普通で北海道人としては逆に不思議でならなかった。
俺の生まれた場所は花園町3丁目で朝鮮半島出身者が寄り集まって住んでいた場所が40~50メーターとすぐ傍にあったが
母親が良く出来た人で人を差別する事は絶対に許さない人で
その環境で育ったせいか愛知県に住む様になっても差別するとかは実感としてなく蔑視語を喋る人を見る時には成りは立派でもちょっと違った見方をしたりして
お蔭で名古屋弁ではない俺が得をする事が多かった。
物語は韓国併合と被差別部落出身者が上手に絡んで進む映画で
起きた事は事実でもノンフィクション映画や映像を見る時の注意事項で
もし登場人物がすべて史実通りで時間軸を動いていたなら
山の頂上は何処から誰が登ってもひとつで その状態がすべて本当なら藤井 聡太に睨まれた通天閣の詰将棋の様に逃れる事は出来なかっただろうと思うが
人間はそこそこにバカだと思うが必ず反作用も持っていると希望を持っている。
いま俺自身が抱えてる問題の臨界点を映画を見て参考にしたいと思ったので見る視点が違っていたのだと思う。
何か間違え問題が起きる時は経験則としてそこに行き着くまでに様々な要因が絡み
引き返すべきや立ち止まるべきターニングポイントも何度もあり意外とこれだけが決め手で一気に奈落に落ちると言う事はないと思っている。
その予兆を如何に早く気付いて早く逃げるか対処をするかが重要と考えている。
その為に茶柱が立つと良い事が起きて雪駄の鼻緒が切れたら悪い事が起きるを信じていて
これが仲間内や義理も含めて兄弟連中より俺が長生き出来た秘訣と思っている。
福田村は現在の野田市で事件の場所は三ッ堀にあり
この野田市は人生どん底の時に何線か忘れたが人を訪ねて行った時に松戸、柏、野田と列車に乗って通り過ぎている。
やっとの路賃を持って頼って行った先では暫く厄介になり更に奈落に落ちる羽目になっていって
当時利根川沿いをトボトボと歩いてハクレンだったか草魚だったか知らんがジャンプを繰り返していた。
ロクデナシなど頼ったらいかん一旦故郷に帰ろうと心に決めた時期でもあった。
俺は少なくとも九分九厘この様な事件の加害者にはならないと思った それは通信網が発達してる現代に生きてる事と臆病でチ~を見るのが大嫌いだから
11時半に終わる映画見てから狸小路の西鶴で天丼食う予定だったが店の前を通っても
幾ら集団心理とは言え
なんか女子供まで手に掛ける事が日本で本当にあったなどと胸が一杯で食う気になれんかった。
人前になったら声のデカくなる奴は信じるな、が俺の経験則
福田村事件・映画を見るなら私も見たかったです。私も前日札幌の病院に行き昨日は予定もないのでゆっくりとバスで帰ってきました。
胸がいっぱいで天丼食う気になれなかったとありましたがそれだけ心に訴えるものがあったのですね。いずれにしても100年前の事件から自分の生きざままでうまくまとめ上げているあなたの文章力に脱帽です。
こんばんは
天丼は食わずに帰って来ましたが
今になったら食えばよかったと思っています。
それにしても東出昌大演じる倉蔵はとても、おモテになる役でしたが
森達也監督の遊び心が入ってるのだろうと思うけど
この社会派映画には逆作用をしたと感じています。
シアターキノはあまり流通に乗らない映画をやるので面白いです。
今度行ったら見て下さい