利は元にあり

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商人(あきんど)はこの『 利は元にあり 』をどう解釈するかで大きく変わると思っている。
いっけん仕入れを安く買い叩けと言うように思うが
そもそもは武士の時代の大昔に全国を股に掛けて商いをして歩いた近江商人が発祥の言葉で
その後大きく成長した商人は金言としてこの言葉を上げる人は多い
石田泰三や松下幸之助などは常々この言葉を引用してる。
利益を上げさせてくれるのは支えてくれる仕入れ先や下請けがあるからと大事にせと言っているのだ。
名古屋では様々な人達がトヨタや三菱や愛知機械などの車関連の下請けをしていたが
畳一枚あったら、そこに旋盤を持ち込みブレーキのアジャスターを作ったりとオバチャンでも誰もが商売をしたがっていたが
中でもトヨタは誰でもが下請けに入りたがっていた。
それはトヨタは下請けを大事にしてくれるからであり 枝葉の末端の下請けにも支払いには手形決済でなく現金を払う事を厳しくさせた。
住んでいた包里や西郊通りでもちょっとした隙間で旋盤が回っていたがトヨタの下請けは別格だった。
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当時の数物屋は多くは手形で払われて、誰もが手形割引に苦労をしていた。
当時は誰でも金さえあれば金融は出来たので悪徳金融は普通にあり十一(といち)などもあった。
当然にその悪徳金融から利子を取り戻すなど、もめ事を生甲斐にしてる町工場(まちこうば)界隈の用心棒のようなオヤジも居た。
物を作る事しか出来ない職人がこの苦手な金策にハマらないようにして、気持ちいく良い物を作らせるのが元請の甲斐性でもあって
自分が食わないでも下請けを大事にする風土が名古屋にはあった。
それは短期間しか住んではいないが関西も変わらないし、むしろ関西の方が強いと感じた。
関西人は全体的に見た場合は争いを好まないし理不尽な要求を冗談ですり抜けようとするし全国的に見ても飛びぬけて人情に厚い。
これは慶長の大阪の陣が大きく関連してると思う。

自分の所の出入り業者を大事に出来ん奴は儲けはどうか知らんが いいクタバリ方は出来ないのである。
殆どすべての人は商売人である、それは自分の時間をいかに高く売るかの為に、ご幼少の時から学業に励んだ時点で商売(あきない)と同じなのである。
最近の商売人を見たり聞いたりすると一つの時代の終焉を見るようで寂しいのです。


お世話になった宅急便の僕ちゃんに送ろう。

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