第十一話 焼鳥屋台 小鳥  

 ある日、ガキの頃から知っている、箸にも棒にも串にも刺さらない「考太」から電話が入る。
 考太は小学校6年の時、訳あって横浜からたった一人で来たのだった。
ガキの頃から根性だけは誰にも負けない。 顔も筋金入りで、眉毛は斜め45度に切り上がり、無理して愛想笑いをするとさらに眉毛が立あがるので、かえって人がそばにいなくなる。 見るからに、「根性」が福助の丸首シャツを着て歩いているような子だった。 
考太はガキの頃から自分がぐれる事で、父や母、家族を繋ぎ止めようと幼い子供心にも一生懸命ぐれて来たのだった。 そのうちにぐれる事が習い性になり、そのままぐれる事に。
 その後、人の何倍も苦労のすえ入試を突破して留萌の工業高校に入学するが、大体がおとなしく机に座ることが出来ないたちなので、九ヶ月で自主卒業。 その工業高校で生涯の親友になる光也と知り合いになる。 

 考太の用件は、将来自分で店を持ちたいので、ラーメン店で許嫁の「由己(ゆうき)」を働かせてくれないかと。 了承したら女の子が来た。 考太とは中学からずっと付き合ってきた由己は、これまた根性が服来ているようだ。 小柄で根性の有りそうな眉毛と顔で、その子は留萌のラーメン海栄でよく働いた。 海栄では必ず、出来そうな子達には仕入れから味付け、接客とすべてを教える。  

  由己にも何度も何度も教えるのであるが、ある日俺の説明が理解出来ないのか、「親方よりうちのラブちゃんの方が頭がいい」と言いやがった。 高橋留美子の漫画に出てくるラブちゃんかと何とでも言えと軽く考えていたが、ある日そのラブ公が来やがった。 なんとレトリバーのワン公ではないか。 確かに俺よりは育ちも毛並みもいい。 犬の住民票まで持っている。 だが、立場上俺からは下手には出られないと待っていたが、ラブ公はじっと下から「けんのん」な三白目と荒い息使いでメンチを切りながら俺を睨み付けてくるのであった。 このまま睨みあっていても仕方ないので、俺は器の大きさを見せつけるように先に握手の手を出した。 ラブ公はもじもと気まずそうに右前足兼右手を差し出すのであったが、よく見ると目から上がまったく無い。 こいつの脳みそと俺の脳みそでは明らかに差がある。 俺はこのラブ公の脳みそを探るように頭を撫でたが、あまりの薄さにメラメラと敵対意識が芽生えた。 ラブ様にケリを入れてやろうと目論んだが、冷静に考えると、相手は犬だけにこいつとは犬嘩にならんと思いとどまった。 このラブ公とはいつか勝負。

  若かりし時に犬畜生と言われたオイラと、現在も犬チクショの血統書か決闘書か大層な書き出しを持っているらしいラブ公と、どちらに軍配が。 

 その後も由己には、お金の勘定を噛んで含めるように言った。 
 うちの店は、どの店も現金売り上げなので、現金で仕入れ出来る物はすべて現金で仕入れるのである。 現金で払えないものは水道電気ガス代など極わずかである。 それ以外の食材は、隣の八百屋から近くの肉屋と半径300メーター以内ですべてを揃えると言うやり方をしている。 これには単純な理由がある。 ラーメンの麺を他店より一円安く仕入れする事は大変な事です。 月に2000玉仕入れると、月に2000円を安く仕入れる事になりますが、その金額なら製麺屋さん一家に週に一回食べに来て貰うと差額はチャラになります。 そう言う訳で、近く地域の輪が大事になるのです。

  小さい事に拘り、あたかも油断無く無駄なくと一円まで値切り安さに走る事が経営の主流のように考えられていますが、それが張りつめた一角を切られた時のもろさに繋がっているのだと思う。  どこかの無駄が余裕となり、何かの時の危機回避につながるような気がしています。

 前日の売り上げから仕入れをして、光熱費等のお金を引けば一日の損益が出るように、決して難しい事ではない。 
計算も頭三桁を足して行くだけで良いので、支払う時は端数繰り上げ、例えば一日の売り上げ32、345円とあったら上三桁だけを取る。
入金は端数を切り捨て32、300円。 仕入なら端数繰り上げ、15、245円なら15、300円として差額17、000円が粗利。 
この場合は上と下の差額が一日90円×25日。
誤差は一ヶ月2、250円。 わずかな誤差だと思う。 

  闇雲に仕入れるのは駄目ですが、食材をケチる事は食べ物商売においては絶対に禁物です。 
それよりは経費と固定費で、見えない部分(靴が買えなければ雪駄をはいても)そのお金を仕入れに使います。 これが屋台商売を左右します。 
売り上げの波が無いとすると、425、000円が売り上げ粗利です。 ここから経費を、この辺りの屋台なら一時間600円、月約15万を引く。 
経費は売り上げが有ろうが無かろうが掛かりますから、少しでも売り上げを上げる工夫と努力が欠かせません。 残りが可処分所得。 
田舎なら充分食って行ける金額です。 
売り掛けが無い現金商売の場合は、難しい計算をして何百円があわないと何時間も掛かって計算をするものでも無いような気がします。 
もっとも、数字が好きな人と数字に几帳面な人は気の済むようにしたほうが良いと思いますが・・・。 

  それよりは、美味しく作る事と、店の掃除と日計表に専念した方が遙かに効率的です。 人の行動パターンは、一日、一週間、一ヶ月、一年と決まっています。 その為に日計表が重要になるのです。
 いまがなんとか食っていける事、それから未来と夢が始まると思うのです。
 
 由己と考太は考えるのが大嫌いで、体を動かして働くのが好きな子達です。 
 ある日考太がたこ焼きの屋台をやりたいと言い出した。 言い出したら聞かない考太は、以前からたこ焼屋を目指してこんタコ、燻タコと日々練習をしていたのである。 
色々と相談を受けるが、
 今まで胸バンで鍛えた体と握り拳、一時はボクサーになろうと言うぐらい体はごついし身のこなしもするどい。 俺はいいけるかも知れないと思った。
 この辺りの浜では、ケンカの時は相手の事をなんでもタコと言い、よい意味には使わない。
「タコ!掛かってこい」とか、「タコ!なにを眠たい事言ってるんだ」とかですが。
確かにこの辺りはタコ漁がさかんで、タイトーのカラオケで兄弟船を歌うと増毛のタコ取り漁師の隆さんがタコを手にプロッターに出てくるのである。
タコにはなにやら言いがかりの様な気もするが、そんな訳で考太とタコは因縁浅からぬ仲なのである。

 光也は旭川の当麻、道の駅の隣で「光也の八百屋」と言う八百屋をやっています。 その光也の横で「たこ焼」屋台を出すことになるが、現地で急遽、ここは焼鳥の方が儲かるとタコ焼屋から焼鳥屋台に変更になった。 焼鳥の本を買いあさり、夜な夜な焼鳥の勉強をする事に。 
 タコ焼きに関してはタコと呼び合った仲で大層自信があり、家で作るのも美味しいとのことだったが、焼鳥は初めてだった。 
 考太はすべて本だけで焼鳥を習得して、いざ本番。 乗っていたバイクも売り、貯金もはたき「当麻道の駅」となりに屋台を出した。 初心者で腕が悪い分、いい材料と炭備長炭を使い、よいよスタートである。 まずは仕込み。 午前中は鳥を串に刺すところから始まる。
由己の為ならエンヤこら グサッ!、オッカチャンの為ならエンヤこら グサッ!、オトチャンの為ならエンやこら グサッ! バイクを買うためならエンヤこら グサッ! も一つおまけにエンヤこら グサッ! デカンショともう一本、一日300本の串さしが始まりました。 
 店の屋号は小鳥である。 小島ではない小鳥である。 それもマークは小鳥が串を持って立っているのである。
なんと自分の身を削って串に刺し売ると言う、けなげな小鳥のマーク。
屋台は考太と由己に取っての「青い鳥、小鳥」なのです。

 当麻で半年、そこが立ち退きになり、当てもなく屋台を置く場所をさがしに車であちこち探して美唄に流れ着く。 その時は、美唄の事を考太も由己も知らない。 
赤平、芦別、砂川、歌志内、美唄、三笠、大夕張と行けば、すこし前は石炭の大産炭地で特殊な地域なのです。
炭坑住宅の長屋で家族のように暮らした人達にとっては、たった数キロどころか数百離れたら そこはよその土地、異郷の地です。 そうした集団生活をした、地域の食べ物もいったいして地元以外に表に出ることはありません。 すぐ近くの人でさえ知らない事が多いのです。
例えば歌志内のナンコ、芦別の含(が)多湯(たたん)、美唄の焼鳥です。 そう、美唄は焼鳥激戦区なのです。 美唄と言うと焼鳥、独特の焼き方で、年越しは焼鳥でするくらいの町なのです。 考太、由己よ知らんかったべ~。

  その激戦区でも焼鳥屋台「小鳥」は、屋台の中で炭を使う為に炭中毒で死にかかりながらも、美唄でもうすぐ二年になるのです。 仕入れの為にお金がいるので、軽自動車と屋台で一年半も寝泊まりして、辛抱して美唄の焼鳥激戦区で己の焼き方と意地を通すため今日も頑張っています。 12号線を砂川から札幌に向かい、美唄の町の出口に近いバイクショップの左側です。 さ~いらしゃい いらしゃい!!

  去年の秋、足を伸ばして寝る事が出来るアパートを借りられるようになりましたと、あのラブ公と考太と由己が報告に来ました。 やる気があれば食ってくだけなら案外簡単に出来るのです。
    考太よ 由己よ 
子供の前でケンカをしたら、子供の前で仲直りを出来る夫婦になれ。

もうすぐ春です。