11日八甲田山

小坂鉱山から碇ヶ関道の駅まで結構きつい峠を走り27キロに一時間以上掛かってしまった
カーナビは有料道路と高速は走らない設定にしてあるが
北海道の移動は1キロ1分でみると大体間に合うが内地は全然違う1キロ2分でもいいくらい掛かる


碇ヶ関道の駅で進行を諦めて一泊 ここでも同じく誰もいない隅に止めるが夜中にまた車が1メーターほど隣に車が寄って来て
スライドドアを乱暴に何度も閉める 音より皆が寝てるであろう場所でのその行為にムカつく
黙ってトラックゾーンに移動する 翌朝どんな奴かと思ったら分別付く年頃のオヤジだった


さすが弘前リンゴ畑が続く
旅最後のあがきに八甲田山山系を通る
八甲田山と言う名前の山はない、それは大雪山も同じで何度も青森に来てるのに知らなかった
冬は測量機器などの物資運搬をスノーモービルでやって来たが
山は怖いと言う思いが強いので仕事でもなければあえて冬山に登ろうと言う気持ちにはなれない


城ヶ倉渓谷
渓谷に掛かる橋は突風が吹くので結構危ない実際に警告の吹き流しが揺れてるし観光地で車の通りも多い
そこで女の子が二人駆けっこしてる
最初に向かって来た子に危ないょと注意したらゆっくり歩き始めた処に
いい歳しこいたジジイが追い付き孫らしき子と競争し始める
青森八甲田山近辺は歴史的に無鉄砲なジジイが多いのかと思ってそれ以上は注意を止めた
このやたら体力のあるジジイが橋の中央あたりで孫を肩車して
『高い高いバァ~気合いだ気合い』などとやるのではないかと思った
絶対高所恐怖症なるぞ~

 
平沢第一露営地と第二露営地とは距離にして800メーターほどしか離れていない

雪山は天候が良くて膝程度あれば壺足で1時間で1~2キロ程度は移動出来るが一日掛かって800メーターしか移動出来ていない
山で困難に落ちいったら動くな、下がるな、は基本 かなりの猛吹雪でも森の中では風は木々に吸収され割と静かな場合が多い
困った時はその人の統率力にも寄るが普通人は1グループ5人が限度で前後はベテランを配置するのでそれ以上は難しい事は何度も経験している
普通の作業でも船頭が現地社から一人と本社からの一人で本社人が口を出し始めたら最悪で自然界では命の危険すら招く事がある
自衛隊の最小単位は分隊で8~10人程度になる

 
後藤伍長の像 実際に発見された場所とは違い2キロほど下がった青森に近い場所で発見される

ボランティアガイドが何人もいるがその人によって説明が違うと感じた
この時に助かったのに日露戦争で戦死すると聞いて可哀そうだと、戦争は嫌だと年配のお姉さんが泣いていた
言葉が少し違い何処から来たのか聞いた埼玉在住で中国から来たひとで日本に自分の子供がいると言う
像から駐車場まで階段を降りずっとその人の話が聞けてよかった
言葉の端箸から中国残留帰国日本人なのかとも思った。

 
青森歩兵第5連隊神成文吉大尉 弘前歩兵第31連隊福島泰蔵大尉日露戦争で戦死


後藤伍長の像から青森市街方向を見る

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