修理工が考えるAIとラーメン

俺が目を落とす時には、きっとその目からは涙が落ちるだろう
それは感謝とかもっと生きたいとかでなく後悔と懺悔の涙になるとおもう
つい最近まで後悔などこれぽっちも無いと思い上がった事もあるが間違えでした。
記憶がポッカリあいた時期と一昨日食ったメシ以外はかなり細かい事まで鮮明に覚えている
その記憶を遡ると多くの日々であれは言うべきではなかった
やるべきではなかったと懺悔の日々が多い
その人を傷つける言動の多さは普段の口数の多さから群を抜いていると思う

多くの時間を機械と共の過ごして来たが どこまで行っても機械は機械で物は物で
どんな機械も殆どは溶鉱炉で溶かされ再度何かの製品になる
大きな大木も倒されマキにされ燃やされ終える
唯一永遠に繋がるものがあるとしたら、それは人の行動と記憶くらいではないかと思うなかで
誰でも偽情報でも誤情報でも発信出来る時代になって
何をしたのか、何を残したのかより、何はしなかったか、が同じく大事と言われる時代が来た。


キャデラック 452A 1931年 V16 トヨタ自動車博物館

当時のマフィアのおっさんがシアーズのカタログ通販で買ったトンプソンマシンガンを
処構わずバラバラと撃ってる処からより早く逃げる為に
当時すでにあったV8エンジンを縦に繋げて作ったのがこれで
力学限度を超えたその乱暴さはアメリカ的やり方
多くは長すぎるクランクシャフトの断裂で消えていって溶かされ別の機械にされて消えていっただろう。
すべての物は熱を持ちその熱はエネルギー保存則によって不滅となる
自分の口から出た言葉も永遠に残り我が身に降りかかる時代になったのだ

それにしても蕎麦屋やうどん屋に比べ
クッチャベルラーメン屋や炎上するラーメン屋は多い
なんでだろうAIに聞いてみたい

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