間歩

 
石見銀山附役人旧河島家と商家
全国あちこち回って歩いたが江戸時代からあったと言うが作りが違う
大概は表門もせいぜいあって5尺5寸が高い方に入るが地方役人でも ここはみな塀も中の作りも大きい
以前見た吉良上野介屋敷の塀は現代人なら勢い付けたら簡単に超えられる高さだった
江戸時代の門の低さは必ず頭を下げないと入れない様にする為に
門は低くするのだと言った事を聞いた事がある
なぜか石見銀山の塀も家の造作も大きい
もしかしたら狭い仕事場の反作用か
ガイドさんに聞いたが明確な答えはなかった

 
あちこちに穴がありこの穴を間歩と言う 間歩と言えばマブである

この穴は銀を掘る為の穴で最初は露頭に銀が見えたらしい
ガイドさんが言うにはシダ科の植物は多年草だが1年で枯れるシダがあって
銀がある処には1年草の枯れるシダがあるらしい
逆も真なりで枯れたシダの下には銀が
崖下村にはシダは沢山あるので戻ったら裏の崖を掘ってみよう

 

北海道の感覚では鉱山イコールタコ部屋と思ってしまうので労働環境を聞いて見たが
ムキになって否定された
ガイドさんの先祖は銀堀人足だったのかも
メイン通路は幅5尺程度あるが枝葉はこんな感じで身体がやっと入る幅で先端は手がやっと入る程度
そこに貝殻に油を入れた灯篭のような物で僅かな明かりと手の感覚で銀があるかないかを探したらしく
各人差があって職人技になるので金山銀山は強制労働では出来なかったとの事

石見銀山は最初半日もあれば見れるべと思ったが見れなくて2日に渡って見る事に


夕食は石見銀山近くの桜彩七でノドグロ飯を食す車で行ったので酒が吞めないのが残念
ここで神奈川から来て全国旅してると言う若者と出逢う
袖すりあうのも何かの縁と北海道に来たら寄ってと言う


大田長久スーパーで見つけた懐かしいサヨリ刺身OKで食えるとの事で頭を落とし調理して
車中泊で一人宴会
嫁には逃げられたのは自業自得だがマブ達はみんな早くにいってしまい、ひとり残されてしまった。

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