果報は寝て待て


滝川美術館で人造石油の展示をやってるとポスターがあったので見に行って来た。
そこで見つけた写真

現在の留萌駐屯地で以前は留萌人造石油でここに石炭から石油を作る施設があり
大きな工場は川を挟んだ北側にあって現在の東雲町で市立病院やカナモトがある場所にあった。
人造石油会社は昭和27年に倒産しその施設の鉄くずを拾う為に住んでいた原野2線の貧乏人バラックの子供達で川を越えて鉄くず拾いに行った
時代的には昭和30~33年頃で朝鮮特需の余波でまだ鉄くずは高く売れた時期になる。
集めた鉄くずは周辺のクソガキ達に横取りされない様にするのが大変で後生大事に西田雑品屋まで運ぶのだが
歩くキロ数は往復3~4キロにもなった。

人石社宅 現在のホーマックの周辺になる。
周辺はまだ電気がまばらだった時にここだけは夜は電気が灯っていた。
子供心に水道も電気も無い原野2線とのえらい違いになんとなくなんとなくだった。

大和田炭鉱を超えた処にあった この家は遅くまで残っていて汽車で留萌に戻って来るとこの家を見ると時期に留萌駅に到着になり乗客は棚から荷物を下ろし始める。

古い写真を見るのは好きだが
記憶にある写真は歩いて身体は鍛えられたかも知れんが歩かざるを得んかった者としては懐かしさよりは複雑な心境になる。
ほんと平和は大事だと思う 平和を維持するには常識ある者のお互いの忍耐が必要だと思うが
プーチンなどや権力に溺れたバカに付ける薬は無い さっさとオッチンでしまえと願うばかり


再度54000円の電動ベットに寝る様になって夜寝れない日々が続きなんか調子がイマイチなのだ。
やはりベットが合わないのだと思い電動ベットにコンパネを敷いて、その上に布団を敷いて寝てみると身体の痛みが良くなった。
親にベットを買う時は安い電動ベットや折り畳みベットは絶対に買ってはいけないと思う。
寝たきりになるカモ
人生の三分の一は寝てる事になるが
果報は寝て待てと言っても筋金入りの貧乏人なのでそれも出来ないのだ。

One thought on “果報は寝て待て

  1. 私は叔母からですが人生三分の一は寝ているのだから、客用に良い布団を仕舞い込んでおくよりも、自分が毎日良い布団を使った方がいいと言われました。だからと言って私も貧乏人なので上等な布団には縁がなく、寝心地がいいと友人から勧められている布団を買うことを迷って現在に至っています。

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