小っせい奴が大河ドラマ見る

久しぶりに青天を衝けを見たが
石狩にも小樽にも渋沢倉庫と看板を見るが、どう~だ庶民など1ミリも付け入る隙間もない様な系図が明治から延々と続く
渋沢栄一の息子、篤二の例を見る迄もなく
出来た親に出来た子と言うのは現代においてもすべてがそうなるとは限らんが
この出来の悪い息子と言うのは現代の行き詰まった資本主義においては大変重要な役割があり放蕩のあげく家系図の崩壊と富の再分配に繋げる為に
立派な名門ほど大いに放蕩を繰返して系図を崩壊させて欲しいと!
戦国時代なら足軽か雑兵程度で落ち武者狩りを逃げ延びて盗賊になったろうひねくれた小っせい次男坊は思うのである。

人間の性格をレーダーチャートにすると独創性と協調性は対角にあると思うが綺麗なデルタ型の性格は中々いない訳で
凡人はその足りない部分は他の人に補って貰うしかない
その他の人とは一番最初は親だと思う そう思う時に小さな頃の親との関わりが大きく影響し
渋沢栄一の性格を作ったのは渋沢家に養子で来た父市郎右衛門と藍葉を買う為に末端現場を見ながら一緒に並んで歩いた道中の雑談の影響が大きかったのだと思う。
雑談は面と向かってしない処がいいところで二人で歩く時は親のどちらに並ぶかは大きく影響すると思うのだが
海外は知らんが日本では並ぶ時は右習え右で右の耳で聞く事は頭に入るらしい
親子関係はどれだけ一緒に歩いたかが大きく影響するのかも知れんと青天を衝けを見て思った。

それにしても血洗島とは恐ろしい地名だと
なんも関係ないが島続きで6年ほど前に日本一危険と言われる瀬棚の太田神社を新年参拝して沖に奥尻島を眺める。

海の無い埼玉県で島と言うのだから中洲か何かなのだろうと思ってグーグル先生の地図を見ると利根川と小山川に挟まれた平坦な地形である事がわかる。
この川に挟まれた処と言うのは農業の適地で渋沢家は結構稼いでいたらしい
親と一緒に稼ぐ手伝いをする雑談をした世代が明治維新を作ったのかも知れんなどと大河ドラマを見て思った。
逆を言えば親の手伝いをよくする子はいい子に育つと

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