濃厚接触


月曜日の植物園バナナ

今回はチョット不思議な事やこれはと思う事があって書こうかどうしようかと思ったが批判覚悟で残して置きたいと思った。

ここまで来たらと思って植物園すぐ傍の格安温泉旅籠一泊2900円なのでここに泊まって夜の街に呑みに出てみる事にした。

北四条西四丁目にあるナンチャラ新聞ビルの二階にある居酒屋にふらっと入ったが予約あるかと言う。
いつも通り飛込みを基本としてるので予約はなし 
ほぼ満席だったが一角が空いてるのだが店の若い綺麗なオネエチャンは何かを悩んでいる。
何処でもいいよと言うと空いてる席に案内された。
その席の隣にまた空きがありその席の隣も空いていて その奥に男女6人の
中国の人の一行が居た。
時節柄ちょっと警戒してる様な雰囲気が伝わるが店の若い綺麗なオネエチャンはすぐ近くまで寄って慣れないやり取りで注文を聞いている。
もうこれは濃厚接触などと言うレベルではない 
居酒屋もタクシーもしかり客商売として防ぐなどと言う事は全く無理だろうと思った。
この中国の人の一行は日本に入国してからどれほど冷たい視線を感じたのだろうかと思ってしまった。
冷たい視線を感じながら遊びに来ても来る方も受け入れる方もいい思い出にはならないだろう。
いっその事事態が納まるまで入国禁止にした方が良かったと思った。

やがて大した飲み食いもせんうちに一行は堀炬燵の俺の背中超えて帰ろうとした。
俺は背中を超えてゆく一人に もう帰るのかいと言った。
相手はナンチャラカンチャラと言うので
日本語しか知らんのでいつもの適当な
「 元気でまた逢おう 」と言った。
俺はさほど呑んでいなかったので一瞬マズいとは思ったが
外国のフレンド連中にする様に手を出した。
すると一行は全員立ち止まってナンチャラカンチャラと言って笑顔で全員が俺と握手をした。
居酒屋は間に空席を作る事で売り上げを減らしてでも最大限の努力はしたのだと思う。
可愛いネエチャンも一生懸命身体を張って注文を聞こうとした。

末端の枝葉は成り行きと運に任せるしかなく、もうどうする事も出来ないだろう。
その中でどう生きたかで顔や立ち姿に表れてゆくのだろうと
コップからこぼれ 升からもこぼれ 瑠璃和模様の皿に
若い綺麗なオネエチャンが並々と注いで呉れた国士無双660円と小あじカラ揚げ380円を食いながら思った。

前夜の道の駅で見た光景も不思議を通り越していたがそれはまた。

邂逅2


日曜日朝に出発しようと思ったが土曜日に近くの道の駅で車内晩メシを食う 車内メシはうどんが一番安いし簡単に出来る。

札幌植物園に日曜日10時に到着するが


なんのコッチャ門が開いていないぞ 若者がじ~っと説明文を見ていた。
なんと休園ではないか休園日は月曜日のはずだが 誰もおらん
若者は残念そうにしばらく立ちすくんでいた。
少しばかり立ち話をしたが日本一周中でこれから南下するとの事だった。
北上するなら増毛に来いと言うのだが 気をつけてくださいと言って別れた。

別れてから何か美味い物でも食わせてやればよかったと
近場のコンビニで暖かいコーヒーでもゴチせばよかったと戻ったがすでに彼の姿は無かった。

 
俺ってホント気の利かない奴で頭の回りが悪い奴だと恥ずかしくなった。
申告が終わったら俺も南下しようと思うのでまたいつか逢おう。

戻ってからパソコンで調べたがヤフーナンチャラ情報ではやはり月曜日休館になっている。
俺は遊びなら何処にゆくにも事前の下調べはしない 出たとこ勝負なのがまた面白いのだ。
戻ってから あれ~はどうだったべ~ともう一度同じ処にいって見るを繰り返している。
基本的には自分の肌で感じた事、見た事を信じてるのだ。

だからスマホとやらでやたら調べているのは何か全員が決まりきった道しか歩んでいない様な気がしてならないのだ。
呑み仲間の一人はそいつは酒を呑みながらスマホとやらが認識出来る様にと正しい発音とやらでスマホとクッチャべっているのだ
 その時は仲間なのが滅茶苦茶恥ずかしい

気を取り直し富公にラーメンを40数年振りで食いに行く事にしてついでに初めて行く二条市場も見学に行って驚いた。
どう見ても中国の人か東京などの都会人と思われる立ち姿やそのままテレビに出て来そうな化粧の人が大勢いた。
田舎モンなのでマジマジと見てシマッタが4~5人見たら如何にも作りましたと言う顔に飽きてシマッタので
信号を渡り狸小路の富公にゆくドンドン進む、やはりこっちの方が落ち着くなと思ったが 
たった信号一つで歩いている人が全然違うのにも驚いたが日曜日なのに全然人が居ない。
観光立国などとほざいて居るが馬脚を露したなと思った。
あれだけ何処に居てもいた韓国の人が全然居ないのだ 商売はリスク分散の為に一人から少なく儲け沢山の人と付き合うのが王道なのだ。
俺はお前は嫌いだが銭だけ持って遊びに来いは絶対に無い 
韓国なんかこんでもと中国頼みの今の惨状を少し知恵があれば誰でも予見は出来たと思うのだが

刃物屋宮文を見っけ~店内見学をしたら肥後守が売っていた。
由緒正しい貧乏人の俺が原野二線から留萌川を越えて山菜を取って来る為に一番最初に持ったナイフが肥後守だった。
思わず数日分の食糧費を差し出して買ってしまった。
俺には男は刃物を使える事、ロープを使える事、泳げる事が絶対条件だと思い込んでいる。

内地に渡る時に汽車は札幌駅で乗り換えなので降りて ここでラーメンを食わないと内地行き列車は青函連絡船に直結してる為にもう北海道のラーメンは食えないのだ。
あっち見てこっち見てと狸小路終点まで行くが富公がない!
近くの店のオヤジに聞く処によるとかなり早くにオッチンでしまったとの事だった。
が~ん 俺のラーメンは富公と山頭火が目標なのだ。

邂逅


最近自分の歳を意識し始めたが全く子孫が居ないので早いかと思うが終活をしている。
ゴミ屋敷は全部を処分して貰えらば何も問題はないが思い起こせば喉仏に棘の様に刺さった事のケリ付けないといけない事が数点あり少しづつだがやっている。
放置していた土地は以前の持ち主に迷惑を掛けるので名義変更に法務局に行って来たが事前に郵便局で買っていった印紙が余ってしまった。
法務局の賢そうなお姉様に返品出来ないか聞いてみたら 郵便局で買うと返金は難しいとの事だった。
千円あったら一日暮らせるので金券ショップと思ったがここから100キロも先なので諦めて
面白そうなので郵便局に行ってみたが矢張り返金は難しいとの事でいつか使う確率の高い200円の収入印紙に交換して貰った。
おいおい200円の収入印紙より弐拾円の印紙の方が風格があるぞと思ったので全部弐拾円にとお願いしたがあまり使わないので在庫が少ないと却下されてしまった。

物や銭などオッチンでしまったら後は野となれ山となれだが
心残りがまだある 
その殆どが対人関係で最後の立ち回りからかなり立っているが喧嘩別れになってる者に
詫びを入れておかなければならない人も数人いるので
酒を数人に贈る事にした。
想いを受け取って暮れるなら幸いなのだ。
逢いたい人も数人いるその中でも浜〇潔には一目逢いたい色々調べて
片っ端から電話掛けてみようかとも思っている。
上野駅での三四彦や函館でのスズメ団子など俺は結構邂逅があり
浜〇潔とも邂逅があるような気がしてならないがもし生きているなら富公で逢おう。

上意下達するサル

珍しく掃除をしようとしてただ箒を持って下向いたら腰が痛くなって歩けなくなってしまった。
その痛みの為に二足歩行が出来なくなった その姿はホンダの二足歩行ロボットアシモの方がまだましかと思う姿で動物が初めて二足歩行をした時もこんな姿ではなかったのかと思うほどだった。
昨年は新型ハイラックスにヒッチメンバーを取付ける為に雪の上にブルーシートを敷いて一日悪戦苦闘して取付けした時にも腰を痛めてしまった。

人類の進化とは二足歩行をする事で手を自由に使える事と脳の重量と深い繋がりあるらしいが
俺はチョット違うのではないかと
だってょ~サルなども二足歩行をして手を自由に使えるが
以前旭山動物園で出逢ったサルは何思ったのか、そ奴の眼と俺の眼がマジマジとガンを飛ばしあった事があったが
そいつの目から上の容量など大した無かったので二足歩行で脳が大きく発達したと言うのはチョット違うのではないかと
俺は人類の一番の進化の源は他の人の思いを想像する事ではないかと思うのだが
他の人の事を考えた時には想像を遥かに超える事など当たり前に起きてゆく
その想像する事が脳を大きくしていったのではないかと思うのだが
言ってみれば良くても悪くても自分の事しか考えられないのは人と言えないのかも知れない

それにしても貧乏人がせっせと収めた税金で和泉ナンチャラと大坪ナンチャラと4回ともコネクティングルームでドッタラコッタラとか一流ホテルが800枚の領収書を書いたとか募っているが募集はしていないとか 反社と言う定義はないとか
何処に「 美しい日本を作ろうではありませんか 」とどの口が言ってるのか
親分が悪ければ子分もロクデナシ 
上意下達がいい場合はいい親分を持った場合だけかも人類は確実に退化をしていっている。


昨年の春の水槽 

現在はブラキストン線を越えて動植物を移動し飼育や栽培する事は謹んでいるので
道内だけのアチコチの沼や三日月湖から水に強い雑草を集めて水槽の浄化をさせているのだが 
水中の土に根をはり葉が水から上に咲く物は至って簡単なのだが
以外と葉が水中で生える雑草の栽培は難しい
多少汚れた沼や三日月湖から移動するだけだと思うのだが不思議なのだ。
思うに地球に最後に残るのは植物だろうと思うし再生するのも植物だと思う。
そんな訳で腰もだいぶ良くなったので今週は札幌植物園の見学に行き植物で作った液体などを呑んでみる事に

外は広い


39号線石北峠は道の付け替えなどで以前より斜度勾配は緩くなってるとは言えど最大で6.5%あるらしい
が車に乗ってると、 その勾配を感じる事はあまりないが道中の画像を後で見るとかなりの勾配がある事がわかる。
人間の目や感覚などは結構いい加減なのだ。普段乗らない4トンに乗るとスピード感覚も大きく狂う。

嘘つきが嘘つ付くなと言う感覚や
植松被告のニュースを聞く度に正常な感覚を持つ事の難しさを思う。
植松被告の脳裏の何処かに優生学があり
その考えを純化させ発展させた時に犯行に至ったのではないかと思うのだが
優生学や個人のとんでも八分(はっぷん)的な
その感覚が権威と結び付いた時にとんでもない事が平然と行われてゆく事は世界でも日本でも歴史が証明している。
優生学や個人のとんでも八分の危険性は誰にでもありそれを防ぐには失敗をする事が必要なのだと思う。
失敗をする事で問題点を身体で知り頭でひも解く 
商売も修理も自分では出来ない失敗する事があっても他の人が平然といとも簡単にこなしてしまう事はよくある。
それは自分が修行の途中である事、旅の途中である事を教えてくれる。
自分の感覚を常に正常に保つにはスッピンになり出歩き多くの人の生き様を肌で眼で耳で知るに尽きるのではないかと思うのだが
旗振り屋はクソ寒い中で旗を振り続け 
ピーナッツ煎餅屋は焼けた煎餅を素手でひっくり返し 
測量屋は腰を曲げてトランシットを覗く


バカッタレもアホッタレイも生き者万歳~

オホーツクに行って来た

金曜日から仕事でオホーツクに
夕方5時ころ上川を過ぎたあたりから雪が結構降り始めたので無料高速にあがったが大きな間違え
除雪が悪く狭くて一台走るのがやっと層雲峡超えた辺りから道は凸凹で後ろの箱が壊れるかと思った。
やがて大型トレーラーも30キロ以下で走ってるので詰まって来て
道路封鎖になったら閉じ込められのかと思ったが食料もあるしFFヒーターもあるしで俺は何も困る事はないが
零細トラック会社や鮮魚運搬トラックなら運転手はタダでは済まされない 
左右もよく見えずに成り行きで終点まで走る 上川から遠軽までやく3時間半も掛かった。

 
途中で埋まってる車があったがニイチャン達がワイワイ言いながら上げていた。
やはりオホーツクのニイチャンは元気がいいな~
俺の車も二度ほど低速4駆に入れてしまうほどだった。

いつか15インチの軽キャブバンが欲しいと思ったが もう発売されても買う事はないだろう。
途中の駐車帯は大雪で除雪されていないので一番近いサロマ湖道の駅まで行って車中泊する事に着いたら10時チョット前
雪ダルマになった大型トレーラー 朝まで止まっていた。
日本の大型車は仮眠スペースが畳一枚以下で寝返る事すらままならない
セコイぞ~畳一畳半位の仮眠スペースと電子レンジとコーヒーポットくらい標準装備にせって

俺は思うのだが北海道は少ないが車中泊や車中メシを禁止するなら税金で作った道の駅は返上して物産館にした方がいいと思う。
全国アチコチ走る俺が感じる車中泊禁止や車中メシ禁止には銭の匂いがプンプンするのだ。
車中泊禁止や車中メシ禁止を歌ってる道の駅のそばには有料オートキャンプ場がありそちらに誘導されるが仕事で走ってるトラックやバンの運転手の事など眼中にないのだ。
「 車中泊、車中メシはご遠慮下さいとは言ってるが禁止とは言っていない 」
この論法は募っているが募集はしていないとクズの政権与党党首が使う手法だが
仕事で走る者に肩身を狭くさせてどうするだ 世も末だぜ全く
あ~あ~嫌だ~嫌だょ~お天道様ょ~
60過ぎても肩身狭くして働かならんなんて~


回り道してしまったのでサロマ湖を大きく迂回して目的地に向かう 路肩に雪の壁が無いと怖い
冬になると乗っていた網走の底引きを追いかける鮮魚トラックを思いだしたが我ながらよくやったと思う。


パーキングエリア能取駐車場トイレあり

農工、商士

半端者で大儲けはしないがなぜかそこそこに稼ぐ俺が考える商人とは
右の物を左に動かして利ザヤを稼ぐのが商人で
紀州で大量に採れるミカンを江戸に運んだのが紀伊国屋文左衛門だが問題は熊野灘で地形からいくと航行は相当難しいだろうと言う事はすぐわかる。
太平洋側は陸地から離れる海流がありジョン万次郎を始め多くの人が太平洋に流されている難しい海流なのだが
その点日本海側は陸に流される為に江戸時代から高田屋嘉兵衛で知られた北前船は頻繁に往来した
動力船や汽車の出現により北前船は終了したが
望んだ結果ではないだろうが結果として太平洋側と日本海側の圧倒的格差を生んだ。
様々な要因はあろうが原因の一端を作っていったのは北前船のアイヌや地元人などから搾取に近い物流と優秀な人材の吸い上げがあったのではないかと思うのだが

丹後由良湊 北前船資料館

農は農、工は工、商は漠然とした範囲が広く、士は刃と槍で支配をした側だが商が士に近づいた事によって地球では現代まで悲劇が起きている。
俺が言うのもなんだが商に関わる人すべての人が士農工商の中でも、もっとも厳しい御法度を持つことが世界平和に繋がっていくと思うのだが

世間ではお客様は神様ですと思ってると思うが それは間違えで作られた間違え錯覚なのだ。
お客様は神様ではない 圧倒的に売る側が強いのである。
それは昨今のコンビニ騒動を見るとわかる。
お客さん⇔店舗⇔コンビニ本部
たかだか一軒や二軒のコンビニ店舗など有ろうが無かろうが本部は痛くも痒くもなく風で何処かに飛んで行って欲しいと願っている。
戦いを挑んでも資金力や人材力に圧倒的差があり風前の灯以前の問題なのだ。
店とても珠に色鉛筆一本買うお客さんにも同じことが言えるし店側は危機の分散を図る為に少額のお客さんを大量に集めようとする。
その結果は順序は
本部メーカー☚店舗☚お客さんとなる。

圧倒的物量の前に弱小店舗やお客さんは何をすべきかは揉め事が起きた時に本部相手に改善を迫っても時間ばかりが掛かり此方の息切れ状態が起きる。
即刻やるべき事は自分の側に内に改善すべき点はないのか、反省する事はなかったのかと点検する事なのだ。
そこを改善してゆき相手にも改善を迫る これが最善策でこれ以外には無いと思う。
それでもダメな場合は船を乗り換える。
これが無く一方的に相手を土下座させたりすると窮鼠猫を噛んだりして場は戦いに消耗戦にと一歩前進してゆく

商は誰とも戦わない事 敵はテメ~の中にあり
大事な仕入れ先や農工に寄り添い商人こそが寛容の精神を持たなければと今頃気付いている。

農工商士

札幌から戻ったが今回はとても衝撃だった。

一つはある人の言葉にとても衝撃を受けた 北24条の居酒屋で日本酒5合目を呑み始めた時に雑談の中で
「 職人は商人にはなれない 」とその人は言った。
その人の仕事ぶりや会社を何回か目にしていた俺は衝撃だった。
儲かっている会社は一律に綺麗なのだあるべき処にあるべき物は置かれ掃除も行き届いている。
危険な仕事をする会社は特に本当にこの会社は稼働してるのか思うほど綺麗な会社もある。
それは整理整頓出来てない現場は足元を取られるからなのかも知れない
その儲かっているだろうと思われる会社のトップが言うのだから
整理整頓が出来ない不器用な俺にそれは大陸間弾道ミサイル並みで酔いも一遍に覚めてしまった。
「 いいメカニックはいいセールス 」と言われていい職人になりたいと仕事をして来たが
俺は不器用なのと千分の一ミリを手の感覚だけで知る事も出来ない 整理整頓も出来ないのでいい職人とはとても言えない
さらに適正価格で売る次世代を育てる事が出来ないのでいい商人ともとても言えない
職人は商人にはなれないかも知れんが、逆に商人は職人にはとてもなれないと思う。
沢山の優秀な職人を見て来た俺は優秀な職人はたまたまその仕事をしただけで何をしても能力を発揮するだろうと思うし
優秀な職人に共通するのは普段の生活でも物を置く時に育ちの悪い店員が釣銭を渡す時の様に手から捨てる様に放す事はない
バラバラになった家族をまとめる為に食っていく為にとガムシャラにやって来たが
俺はほんと半端者でいったい何者なのか何か世の中の為になったのかホテルまでの帰りの道々考え込んでしまった。

もう一つは懐かしい恩人にあったが現在を作って呉れた恩人なのに一瞬顔が分からなかった。
確実に時は過ぎ去り続けている事、歳食った事を突き付けられた。
もう都会では生きてゆけない早く石狩川を越えよう。


最近は仕事場で呑む事が凄い贅沢な事と思うようになった。
昔は夕方になると異業種がアチコチから人が集まり軒先で宴会だったが
それがどれほど技術の進歩に貢献した事かと思う。

25日は留萌で定例会 呑んだあとは船場公園で車中泊 
朝7時に眼が覚めてこのまま何処かに行きそうになったが増毛に戻る。
船場公園は24時間トイレも綺麗ですぐ傍にコンビニもあり歩いて数分で居酒屋将軍など飲食店があり車中泊にはぴったり
ここは時間調整の為にトラックが車中泊で結構止まっている。
北海道にも何を勘違いしたのかドライバーの為の国交省所轄の休憩施設である道の駅でも車中泊や車中メシも禁止してる道の駅がある。

トラックは大きい為に止める処は制約があり道の駅の車中泊がダメと言われた場合は止める処は道路縁のトイレも無い駐車帯しかない 我々の為に夜通し走っているドライバーにほんとそれでいいのか
船場公園は車中泊、車中メシが出来る優しい駐車帯として売り出してはどうかと思う。

朝増毛を通り越しそうになる誘惑を振り切り いつもの舎熊地元資本のセイコーマートに寄って牛乳と総菜を買った。
コンビニにゆくたびに思うのだが コンビニはいい時代に入った。
それはこれだけ乱立しても何処に行っても無機質の金太郎飴で品質も品揃えも設備もほぼ同じで
それはコンビニとしては誰も満足しているだろう。
そうなると残るのは人間性しかない 朝の稼ぎに向かう人達にマニュアルにない
その人ならではの一言を言える人間臭い店主か店員を持った店が残ってゆくだろうと思う。
何も特段銭が掛かる話ではない

月曜日からは札幌で二日間 最近は大都会に出かける事は何か億劫になっている。
それも左目が悪いせいなのか光の点滅が脳に響きなんか気分が落ちる。
光より灯(ともしび)がと思う年代に入った。
ずる休みして中山道に行きたい~

共有3

や~ほんと数年前に古い家の解体中に6メーターほどの高さから落下して二階の床をぶち抜き背中から一番下まで落ちた時は持っている物はポケットから飛び出し 財布から携帯までが全部何処かに吹っ飛んでいった。
その時の痛みを思い出して
ホームを飛び越え背中から落下した若者には共有してしまった。

ホームの高さは大型車荷台くらいありそうだが
鉄のレールと砂利にシコタマ背中を強打して今頃入院してると思うが 
それにしてもロクに助走もせずに飛び越えるのだから凄い奈良県も災害になったら大活躍するだろう。
目の前に難関があったら飛び越えるのは男の本能でいたって正常な本能と思うのだ。
仕事上でもないのに上司や勤め先にはなんの責任があるのか知らんが役所まで引っ張りだされて大変 
生物本来の生き物に近い若者が首にならん事を祈っている。

何かあったら兎に角丸々り転がる事が瞬時に出来る様に練習しておいた方がいいと思う
俺は何かあるたびに錬成館で受け身を教えて貰ってよかったと思う。


博物館大好きなのだが3年ほど前に十日町市博物館で初めて見た火炎土器には驚いた。
なんでも信濃川流域に発展した土器で北海道では普通にある生活の為の縄文土器と違い何かの祭事に使われたらしい
文明は川の流れと共に発展していき川や遮るものは飛び越えるのが動物本来の生き方なのだが
超える事の難しい高い山や崖は川の流れを作りまた違った文化が発展して温存されてゆく事になって来た。

トンネルや橋が出来て自由に往来が出来てる様になってまだ百年チョットしかたっていないので
文明の発展の跡形を今ならまだ見えると思うので
ひと月休めたら舞鶴から滋賀、三重、奈良、和歌山、淡路島、四国と回ってみたいと思ってるがいつの事やら

それも石川県から紀伊半島ラインは何を見てもほんと不思議で
一昨年より昨年と歳食うほどこの国は不思議が一杯なのだ。


そんな訳で今年も不思議の国探検に行こうかと思いサブバッテリー残量計を取付ける事にまたまたバラシて見た。